2006年12月31日

サイレン FORBIDDEN SIREN

 この映画の原作になるのはホラーアドベンチャーゲームなのですが、このゲームが発売された当時にテレビCMとして使われていた映像があまりに怖すぎるため放送中止を求められ自粛したほどの内容だったそうです。そしてゲームの第2弾となる“SIREN2”の発売と同時期である2006年2月に公開されたこの映画には、市川由衣さんと森本レオさんが出演しているのです。


市川由衣さんといえば、2005年に公開され40億を超える大ヒット作品となった“NANA”で主演した宮崎あおいさんが降板したため、続編である“NANA2”で成り代わり出演がした事で有名なのです。原作の展開が&:tu彌メ氣kツuなシーンが増えたり(18禁な言葉は文字化けするシステムなのです)ダレ場となる部分でもあったのですが、通常の場合、続編となる映画は悪くても前作の7〜8割ぐらいの興行収入は計算できるのです。でも、2006年12月に公開されたNANA2には前作の勢いもなくなり、3割ぐらいの興行収入しか見込めなさそうなのです。

そして森本レオさんといえば、当時まだ17才だった水沢アキさんへ%フl:裏w-貶コ\ソxの強制などが(また文字化するのです)2002年に発覚しマスコミなどで騒がれました。その件に関してはやっと沈静化したと思ったら、2006年末に石原真理子さんの暴露本“ふぞろいな秘密”の記者会見などで、演技指導と称して、またしても当時17才だった石原真理子さんへの゙||ゲ饗タ蠅ミをしたことを発表され(さらに文字化けなのです)世間では話題になっていたのです。

ということで、ある意味タイムリー過ぎるタイミングでこの映画を観てしまったaliasなのでした。


 物語は、父と共に都会から離島へ引っ越してきた由貴には病を患った弟がいた。病気治療のためこの夜美島へ家族で移り住むこととなったが、29年前に一人の人間を残して島民のすべてが失踪するという事件が起こった事を彼女は知らなかった。外地から来た人間を蔑視する島の人達に疎外されていることを彼女は感じていたが、新しく移り住むことになった家には親切な隣人が住んでいた。家の掃除を手伝ってくれたり、この島での生活の仕方などを色々と教えてくれたが、この島の掟として「サイレンが鳴ったら外へ出てはいけない」と謎の言葉も残していった。いつも誰からか見張られているような視線や島民達の異常に見えてしまう行動、さらにちりばめられているサイレンというキーワードなど、そんな不気味さを感じていた彼女の前で、ついにサイレンの音が響き渡る。そして…。


 2006年にはついに洋画作品の映画興行収入を邦画が超えたという記念的な年になったのですが、この作品は悪かった頃の日本映画を焼き増ししているような印象を受けてしまいました。

例えば、恐怖をいうものを旧・犬神家の一族や2時間サスペンスドラマのような不自然で大げさすぎるリアクションをさせる演出方法や、1980年代に流行った“バタリアン”や“死霊のはらわた”、“霊幻道士(キョンシー)”を思い出すような古いゾンビ的な手法でホラーを演出するのです。

さらに鏡やガラス越しに映る人影やカメラアングルを不自然に変えることにより、怖さを引き立てようとするのですが、ホラーなのに本質となる恐怖を感じさせる映像がほとんどないため、その演出はただの人をいやな気分にさせるだけの気味の悪い映像作品にしかなっていないのです。


 監督である堤幸彦さんは“トリック劇場版”や“金田一少年の事件簿”、“世界の中心で愛をさけぶ”など、数々のヒットした映画やドラマを手掛けてきたこともあるので、音響やストーリーの結末の演出など凝った仕掛けをして観客を楽しませようとしているのですが、いままでにホラーな作品としては“新生トイレの花子さん”ぐらいしか撮っていないことが問題だったのかもしれません(おいおい)。


 そんな映画なのですが、この作品では森本レオさんが市川由衣さんを襲うシーンがあるのです。

水沢アキさんや石原真理子さんが襲われたときこんな状態だったのかな?と思いながら観ていると、意外と映像からリアリティーを感じてしまったaliasなのでした(笑えない)。



サイレン スタンダード・エディション
サイレン スタンダード・エディション

2006年11月30日

ソウ3(SAW3)

 この作品は“ソリッド・シチュエーション・スリラー”と定義されたジャンルの映画なのです。

意味不明な言葉なのでソリッド・シチュエーションで検索してみたところ、一定の空間で展開される特殊な状況を作り出し、その世界観の中で逃げ場のない主人公達が観客と共に、周りの状況を把握しながら進行する物語のことみたいです。

映画は限られた時間で一つの世界観を画くものであるため、この定義はほとんどの作品に当てはまってしまうような気がするのですが、特に密閉された空間や少ない登場人物、観客に謎解きをさせるジャンルのことを指すようです。例えば、雪に閉ざされた密室で次々と殺人が起こるミステリー小説などでよくある設定で、犯人の手がかりは本文にすべて書かれているみたいな感じの作品なのです。つまり、下手をすると土曜ワイド劇場のような作品になってしまう場合もあるのです(違うだろ!)。


 ということで、ソリッド・シチュエーションとされる代表作は、“CUBE”、“ブレア・ウィッチ・プロジェクト”、“メメント”、“フォーン・ブース”などになるそうです。

上記にあげた作品に共通しているのは、低予算でつくられた作品であることなのです。低予算なため大々的に海外ロケなどもできず、限定されたセットの中で短時間に撮影しなければいけない制約であるものの、観客達を驚かせるラストになっている新人監督の登竜門的な作品が多かったのです。


 で、映画の本題なのですが(いまごろかよ!)、

不倫をしていた女性外科医リンは何者かに拉致された。目覚めた彼女の前に現れたのは、末期がんで脳を侵され立つことすらできない殺人鬼ジグソーだった。彼は後ろ暗い過去のある人たちに生きる価値があるかどうか無理難題なルールを提示して殺人ゲームを仕掛けてきた男だったが、リンにもあるゲームが終わるまでの間、彼を延命できなければ爆死されるという条件を突きつけてきた。医療設備もほとんどないところで爆弾を抱えながら手術をはじめるリンだったが、ジグソーは別のゲームを見守りながら衰弱が激しくなってきていた。そして…。


 初回作のsawでがんに侵され余命わずかという設定だったジグソーさんがまだ生きていることにも驚きましたが(おいおい)、物語の冒頭でゲームに負けた人たちが拷問道具のようなもので殺されていくシーンが次々と画かれ、体が破壊されていくところをCGで余すところなくスプラッタなー映像にしていることに驚きました。

そして、この物語は前2作品を観ていないとほとんど分からない作品になっているのです。このシリーズに関しての不明瞭な部分や謎についてネットなどでもさまざまな推測がされていましたが、それに対して回答するという作品にもなっていたのです。


 最初の作品は物語の謎を隠すために猟奇的なシーンなどを画いていましたが、SAW2以降の作品は、この作品に触発され脚本を書いたダーレン・リン・バウズマンさんが映画を引き継いだため、結果としては残虐性が追求された作品となっていたのです。

そのため、日本公開される際、画面を暗くしてグロいシーンを見えにくくするなど、R指定の年齢を下げる対策などが行なわれたようです。


 13日の金曜日のジェイソンさんの純粋なホラー映画が10作品以上の続編が作られた結果、いつの間にかコメディーなホラー映画になって行ったように、この作品もミステリー的な要素があるソリッド・シチュエーション・スリラーな作品からホラーが強調される映画へと変貌してきました。今回は憎むべき相手への許しという深いテーマを画いているのですが、グロすぎる描写の事やシリーズ作品の悲しさで設定に無理ができ始めているところの方が気になってしまいました。


 この作品に関してはsaw4の製作も決定されているのですが、この状況をリセットするためにsaw・ビギニングな作品になりそうな気がしているaliasなのでした。



ソウ3 DTSエディション
ソウ3 DTSエディション

2006年11月26日

銀色の髪のアギト

 この作品は2006年1月7日に公開されたのですが、そこそこのアニヲタである友人が“GONZO”による初めての劇場オリジナル作品が公開されるということで、2005年の年末は耳が痛くなるほど、この映画の話題ばかりをしていたのです。


 アニメ制作会社といえば、古い作品でも未だに視聴率20%前後をたたき出すことで有名な宮崎駿さんの“スタジオジブリ”を思い出しますが、特に友人が好きなのは、攻殻機動隊シリーズを手掛けた“プロダクションIG”さんと、戦闘妖精雪風の制作担当をしたGONZOさんなのです。

二つのシリーズの全作品をaliasは観てはいないのですが、難解であるものの独自の世界観に魅せられた記憶があったので、この映画も観てみようと思ったのです。

でも、冷静に考えてみると、友人は2006年になってからはこの映画の話を一度もしなかったよな〜という事実を思い出し、少しの不安を抱いていたaliasなのでした。



 物語は、遺伝子操作の失敗により、自我に目覚めた森が人々を襲いはじめ都市を破壊していった。それから300年後の未来、地球の水を支配する謎の民が住む森林と、瓦礫となった街で農耕による昔ながらの生活で森と共生する道を選んだ中立都市、工業により300年前の豊かな生活を取り戻そうとする軍事都市が舞台の物語となる。ある日、中立都市に住むアギトは見たこともない機械から、300年間眠り続けていた少女トゥーラと出会う。だが、自我に目覚めた森をすべて焼き払うことで300年前の世界に戻そうとしていた軍事都市のラグナが、失われてしまった文明を取り戻す鍵となるトゥーラを奪っていった。彼女を取り戻すべくアギトは森の力を得て戦う決意をする。そして…。


 上記のストーリーを見ていただくと、どこかで聞いたことのある設定やシチュエーションばかりなのです(参考:風の谷のナウシカ、天空の城ラピュタ、もののけ姫)。

なのですが、日本の映画館だけでも年間劇場公開数は500本以上と言われる業界なので、この映画で使われている近未来を想定した物語という設定はほとんど出尽くしているジャンルでは、ほかの作品からインスパイアされることは仕方がないことなのです。


 でも、元々定評のある3DCG(三次元のCG映像の事なのです)で画かれるアクションシーンからはかなりの迫力で展開されるのですが、その映像でさえ、某有名アニメなどの数々の印象的なシーンをパクリ、そして最後は未来少年コナンまで盗用していました(おいおい)。

結局、他のアニメの斬新だった部分をつなぎ合わせて、1本の映画にすればかなり迫力のある映像になるだろうと思ったのかもしれませんが、aliasとしてはシーンごとに整合性もなく、登場人物たちの行動に感情移入さえできなかったので、ただのまとまりのない映画にしか見えなかったのです。

そして、小さい子供がいる家に行けば必ず1本はジブリ作品がある、といわれてるほど有名な作品と同じような展開にしているので、ほとんどの人たちが二番煎じだと感じると思うのです

さらに、1984年に発表された作品と同じような設定になっているのに、物語の結末としてもその作品と違う新しい解釈ができていないのは脚本としてはかなり問題だと思うのです。


 ということで、オープニングの画面や音楽からはかなりの迫力は伝わってくるすばらしい映像になっていたのに、中途半端に万人受けを狙ったストーリー展開が残念な作品なのでした(次回作に期待してみるのです)。

 でも、ジブリ作品を見たことのない人たちなら、きっと楽しめるのです(笑えない)。



銀色の髪のアギト 通常版
銀色の髪のアギト 通常版

2006年11月23日

タイヨウのうた

 この映画はいまだ治療方法が見つかっていない難病とされるXP(色素性乾皮症)をテーマにしていることと、この物語の主人公のYUIさんが歌う曲が印象的だったのです。


Good-bye days
Good-bye days




なのですが、この映画の公式サイトにある2分30秒の予告を見るだけで、すべてのストーリが分かってしまうというシンプルすぎる物語なのでした(おいおい)。


 物語は、太陽の下では生きていくことのできない少女は日が昇ると眠りにつき、日が沈むとともに目覚める生活を繰り返していた。小学生の頃から彼女は学校にも通えず、家に訪ねてくれる友達さえほとんどいなかったので、日の出とともに近くの海へサーフィンに出かける同世代の男の子達の楽しそうな姿を遠くから眺めることしかできなかった。そんな彼女が日課とするのは近くの公園でアコースティック・ギター1本を抱え歌を歌うこと。人通りの少ない公園だったため、さびしい路上演奏を続けていたが、そこで毎朝見かけるサーファーの男の子と出会う。同世代の男の子と話す機会さえほとんどなかった彼女は、衝動的にその男の子へ告白をしてしまった。やがて彼と出会ったことで恋が始まり、いつも平凡な生活を繰り返していた彼女に新しい世界を感じさせるが、彼女の生きていける日々が少なくなっていることも感じさせていた。そして…。



 この物語は主人公であるYUIさんの楽曲を売り出すためのプロモーションのような作品なのでした(参考:中島美嘉さんの傷だらけのラブソング)。ミュージシャンである彼女が初めて女優に挑戦したということで、アイドル映画かよ!と思ってしまうほど、たどたどしい演技しかできていないのです。


 なのですが、この物語は退屈な日常を物語の中へうまく取り込む事に成功している映画なのです。

例えば、オープニングは静かな曲とともに、日が昇る前の閑静な住宅街を映し出すのですが、その映像だけで早起きした時のような心地いい雰囲気が画面を通して伝わってくるのです。そして、生活観漂う食事シーンや何気ないお喋りなどを淡々と画くのですが、画面から微笑ましさ、少し笑ってしまうような雰囲気を映し出すのです。

そして、こんな静かな展開で物語が進んでいくため、アコースティック・ギターだけで奏でられる彼女の曲が劇的な演出となり、彼女の歌声が印象的に残るのです。

さらに、塚本高史さんの何も考えていなかった高校生が成長していく姿や、脇を固める岸谷五朗さんや麻木久仁子さんらの演技もうまかったのですが、初々しい過ぎるYUIさんの演技が、はじめて恋をした少女という設定に見事にはまっていたのです。


 監督である小泉徳宏さんはこの作品が初監督作品になるそうなのですが、ビデオカメラを使った演出やエピソードの展開と曲のリンクのさせ方などの編集にうまさを感じさせ、YUIさんの素朴なキャラでありながら、訴えかけるように歌う姿が見事に融合した作品に仕上がっていました。

この映画で取り扱われるXPに関しては誤解を受けるような設定や描写がされていたため、公式サイトでは謝罪に近いようなコメントが掲載されていましたが、少なくともこの病気にかかって苦しんでいる人たちの悲しみは伝わってきたような気がします。


 最近は泣かせるために過剰演出をした作品が多いのですが、彼女の切ない歌声と、海辺や鎌倉の美しい風景で画かれる素朴に生きる人々の物語は、意外とaliasの心に響いてきたのでした。



タイヨウのうた スタンダード・エディション
タイヨウのうた スタンダード・エディション

2006年11月19日

氷の微笑2

 氷の微笑といえば1992年に公開された“マイケル・ダグラス”さんと“シャロン・ストーン”さんが出演していた観客が犯人探しをするタイプのサスペンス映画だったのですが、エンドロールが流れてもほとんどの観客は犯人が誰か解らないという演出で有名だったのです。そして映画の中には彼女のエロティックさを魅せる様々なシーンがあり、特に彼女が足を組みかえるシーンで太ももの隙間から袈・%hケa・i懸r/が見える(いつもどおり18禁な言葉は文字化けするのです)セクシーなシーンが、日本ではモザイクがかかっていたことなどで彼女を一躍有名にした作品だったそうです。



氷の微笑
氷の微笑




 その後、続編の製作予定がされていたのですが、一度は見送られたのです。でも出演予定だったシャロン・ストーンさんが中止になった映画の出演料の1400万ドルの支払いを求める裁判を起こし、約3年にわたる彼女の努力の結果(おいおい)、低予算ながらプロデューサーの方々が泣く泣くこの映画を作ることになってしまったみたいです。

そして14年後に作られた続編の情報を見ていると、プロデューサーがお金をケチったためなのか?マイケル・ダグラスさんの出演もなく、シャロン・ストーンさん以外はほとんど知らないような俳優さんしか出演していない寂しいクレジットとなっていたのです。でも、今回の彼女の相手役はデヴィッド・モリッシーさんが演じる精神分析医マイケル・グラス博士という設定なのです(彼が出演を断ったため、こんな嫌がらせの様な役名にしたのかな〜?)。


 ということで、プロデューサーさんのやけくそ気味な行動や、50歳目前にしたシャロン・ストーンさんのセクシー路線を前面に押し出した宣伝展開からはB級映画の匂いがぷんぷんしたので、この映画は見逃してはいけない作品だ!と思ったaliasなのでした(どんな基準で映画を選んでるんだ?)。



 物語は、暴走していた一台の車がロンドンのティムズ川に転落し、人気サッカー選手が溺死するところから始まる。同乗していたのは、彼女の周りではいつも不可解な死がまつわることで世間からも注目を浴びていた女性作家のキャサリンだった。これまでの事件には確かな証拠がなかったため、狡猾な彼女は一度も実刑にはなっていなかったが、刑事たちから見れば完全に黒の容疑者だった。刑事たちは彼女の行動心理を知るために精神分析医であるマイケル・グラスを送り込むが、逆に彼はキャサリンの言動に振り回され始める。そして…。


 シャロン・ストーンさんのお色気ムービーということで、映画の冒頭からサッカー選手が彼女の股間に手を埋めて走行中の車の中で絡み合うシーンで始まるのです。そして彼女が絶頂を迎えた瞬間、車が川へ転落するという古いB級ホラー映画などにありがちな笑撃オープニングなのでした。

今回のシャロン・ストーンさんは48歳とは思えないような肢体を披露していました。顔に出るシワから年齢を感じさせるのですが、足や背中を露出した服装から20代のような美しい肌が見えるのです。彼女の普段からの節制やトレーニングなど、不断の努力の結果なのかな?と思っていたのですが、資料を見ているとVFX技術スタッフの努力の結果だったみたいです(たぶんCG予算の大部分は彼女のシワやシミ消しに使われてしまったのです)。


 なのですが、周りで次々に起こる連続殺人事件により動揺する精神分析医の心理描写、彼女に翻弄されて崩れていく精神状態、追い込まれていく切迫感など、オープニングのシーンを除いては緊迫感があふれる映画となっていたのです。そして最近では見かけないような“羊たちの沈黙”や“ツイン・ピークス”などの古いタイプのサスペンスな展開に意外と引き込まれてしまいました。


 すでに14年も経っている作品なのに、最初の作品を観ていないと分かりにくい物語の展開のさせ方や、物語の収束のさせ方に納得いかないものがあったのですが、氷の微笑としての続編ではなく、キャスティング変更していたら、もっと良質な作品になっていたかもしれないという残念な作品でした(なのですが、ビッチな悪役を演じるシャロンストーンさんはやっぱりうまいのです)。

ということで、B級映画と決めつけて映画を観に行ったaliasには意外と楽しめた作品なのでした。



氷の微笑 2 アンレイテッド・エディション
氷の微笑 2 アンレイテッド・エディション

2006年11月16日

嫌われ松子の一生

 この映画を撮影したのは、見渡す限り田んぼだらけの田舎町として画かれる茨城県下妻を舞台にした“下妻物語”の中島哲也監督なのです。

下妻物語といえば、ロリータファッションの原点である18世紀フランスのロココ調について延々と語るナレーションや、ジャージ天国のヤンキーな町と誤解を受けるような設定されている兵庫県尼崎市、マンガのひとコマを切り出してきたような映像などで画かれる、ロリータファッションを愛する少女と地元のヤンキーな姉ちゃんという対称的で個性的な二人の女の子の青春映画物語なのでした。

コントラストの強いカラフルな映像も印象的でしたが、コミカルでいて疾走するように展開する瞬く間に終わる作品だったのです。そんな物語はラストシーンの深田恭子さんの演技で腰砕けになってしまったのですが、監督の世界観が好きだったaliasはこの映画を観てみたのです。


 物語は、太ってぼろぼろになった松子が東京の河原で何者かに殺され、死体で発見されるところから始まる。ぼろ屋敷のようなアパートで暮らしていた彼女は、近所付き合いもせず太った嫌われ者のおばちゃんとして周りから認識されていた。田舎の親戚からも縁を切られていたため、彼女の存在を知らなかった東京に住む甥が、使われることのなくなった彼女のアパートの整理を頼まれた。ごみ溜めのようなアパートを片付けていると、刑事たちや彼女の死を聞きつけて集まってきた人々により、彼女の破天荒な過去が語り始められる。そして…。


 中谷美紀さんが演じたのは、男を見る目がないのに必死に愛を求め続けた女の物語なのです。エピソードで、教師を首になり、ソープ嬢に身を落とし、ひもの男を殺したことで刑務所に入れられ、ヤクザの女になるという目も当てられないような転落人生を画くのですが、エピソードごとに豪華キャストを配し(参考:片平なぎさ、柴咲コウ、宮藤官九郎、谷原章介、武田真治、伊勢谷友介、劇団ひとり)、ミュージカル調に進むこの演出は(参考:BONNIE PINK、木村カエラ、AI)、映画の中から悲壮感を排し、明るく楽しく彼女の人生を凝縮するように物語を展開させていくのです。

で、色鮮やかな映像でコミカルに展開する映画なのですが、冒頭で画かれる松子の悲惨な死という前提があるため、すべては色あせても見えてしまうのです(監督の意図した結果なのかも?)。


 この映画は昔のおもちゃ箱を開けたような映画でした。その中の一つひとつのおもちゃを手に取ると当時の懐かしい思い出や歴史などが走馬灯のようによみがえって来るのですが、今ではホコリをかぶっていたり少し壊れてしまっていたりするのです。なので、結局はおもちゃ箱の中からは出されずに、再び物置の奥へとしまわれてしまうような、さびしさが感じられるのです。


 ということで、楽しかった映画のはずなのに、エンドロールが流れる頃にはむなしく感傷的になってしまったaliasなのでした。



嫌われ松子の一生 通常版
嫌われ松子の一生 通常版



2006年11月12日

プラダを着た悪魔

 この作品はテレビのスポットCMだけでなく、女性誌などでも特集や大きく広告などを出しているのをよく見かけたのですが、何でおすぎとピーコの兄弟(姉妹?)で対談する企画がなかったんだろう?おすぎさんには映画解説、ピーコさんには登場人物のファッションチェックをしてもらうということで、夢のような企画になったはずなのに…(辛口の評論になっちゃうかも?)。


 物語は、大学を卒業してジャーナリストを目指していたアンディ(アン・ハサウェイ)はニューヨークで仕事探しをしていたが、採用されたのはファッション誌のアシスタントだった。彼女にとっては記者になるためのステップの仕事のつもりだったが、そこはモードの世界を目指す女性達があこがれる一流ファッション雑誌“RUNWAY”のカリスマ編集長のミランダ・プリーストリー(メリル・ストリープ)のアシスタントという仕事だった。編集長の一言がファッション業界を動かすと言われるほどの彼女の権力は、世間や業界だけでなく会社内でも絶対的なものだった。この業界にはほとんど興味がなかった彼女は、ブランドの名前などはじめて聞かされる言葉や殺人的なスケジュールに戸惑っていたが、さらに仕事中だけでなく昼夜関係なくかかってくる横暴な編集長からの電話により彼女の私生活は壊されていく。自分の本当にしたかった事とかけ離れた仕事、上司に振り回されながら働かされる毎日、そしてだんだん縁遠くなってゆく友人たちと恋人。自分の生き方に悩む彼女だったが、少しずつこの業界に慣れていき仕事の楽しさもわかりはじめる。そして…


 さえない女の子が一流の女性になるまでを画くサクセス・ストーリーな展開をする作品だったので、いつの間にかシリーズ化されてしまったことで有名なゲイリー・マーシャル監督の“プリティ・シリーズ”(参考:プリティ・ウーマン、プリティ・ブライド、プリティ・プリンセス)の作品を思い出してしまいました(ちなみに、この作品は海外ドラマなどを主に手掛けているデヴィッド・フランケル監督なのです)。

扱っている設定はそれぞれ全く違うものなのですが、女性のあこがれるアイテムをキーワードにして彼女達が成長していく姿を画く展開や、Before&Afterを劇的に見せるところなどが同系列な映画なのです。なのですが、プリティ・シリーズと比べエピソードや物語の展開のさせ方が非常にうまく計算されていて、サクセス・ストーリとしては完成形とも言える作品になっていました(意外と感動!)。


 この物語はコメディタッチに進行していくのですが、作り上げられたトレンドがすぐに切り捨てられてゆく戦場のようなファッション業界の現状、毎日の仕事に押し流され恋人とすれ違いになってしまう日々、人生の岐路に立たされ迷う心、そして主人公だけでなく彼女を取り巻く人たちの生き様などが泣ける要素としてうまく画かれているのです。そして、女性の生き方をテーマにした物語なのに異性の視点も取り入れられていたため、意外と男性からも好評な映画だったのです(プリティ・シリーズのような女性に限定したような作品ではなく、万人を意識した作品にしたかったのかもしれませんね)。

で、友人が一番泣けたシーンは、横暴な編集長が新人アシスタントへのいじめとして彼女のデスクにコートやバックを次々と投げつけるシーンなのです。そこにはPRADAだけではなくHermèsやCHANEL、DOLCE & GABBANAなど、高くて手が出せないようなブランド製品が使われているのですが、彼女の欲しがっていたアイテムが乱雑に扱われることに耐え切れなくなり泣けてきたそうです(おいおい)。


 この映画のタイトルを見て“ユニクロを着た悪魔”とか“無印良品を着た悪魔”などで、オチでも書こうと思ったのですが、結局、最後まで何も思いつかなかったaliasなのでした。



プラダを着た悪魔 (特別編)
プラダを着た悪魔 (特別編)

2006年11月09日

真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 殉愛の章

 北斗の拳といえば1983年に少年ジャンプで連載開始され、当時の若者達に熱狂的な支持された世紀末を舞台にしたバイオレンスな暗殺拳の漫画だったのですが、当時の熱狂ぶりを知らないaliasは199X年に再版された文庫版やTVの再放送などでこの作品を見たのです。

今回は救世主伝説としてOVAと映画の二つの媒体で5部作のシリーズ作品になる予定だそうです。原作者の武論尊さんと作画者の原哲夫さんがストーリーを新たに構築し、連載時に漫画の担当編集者として物語を作り上げてきた堀江信彦さんが脚本に参加しているこの物語には、漫画では画ききれなかったストーリーを画くのだそうです。そしてケンシロウ役に阿部寛さん、ラオウ役に宇梶剛士さん、新キャラクターのレイナ役に柴咲コウさんと有名な俳優人を声優として起用しているのです。


 で、副題にも書いてあるのですが今回は世紀末覇者である拳王ラオウさんに焦点を当てる作品なのですが、aliasが一番好きな漢だった聖帝サウザーさんのストーリーでもあるのです。

サウザーさんといえばラオウの拳王軍にも対抗できる軍隊や政治的支配力を持ちながら、南斗聖拳一〇八派中で最強とされる一子相伝である帝王の拳を使いこなすという魅力的なキャラなのです。彼は人への愛というものを完全に拒絶した男で、従順な子供しか奴隷にしなかったことやどんな窮地に陥っても「退かぬ!媚びぬ!!省みぬ!!!」の精神で戦うのですが、最後は師匠への深き愛を感じながら死んで行くというツンデレな人だったのです(おいおい)。



 ということで映画を観ていると、クリスタルキングさんが歌っていたTVアニメのオープニングだった曲が “愛をとりもどせ!! MOVIE ver.”としてリテイクされた挿入歌が流れるのです。でも、あの一番盛り上がるところでありながら、あまりに高音すぎるサビの部分の手前で、曲は不自然にフェードアウトしていくのです。なので、あとで検索してみるとクリスタルキングで高音を担当していた田中雅之(旧:田中昌之)さんが脱退したため、低音を担当していたムッシュ吉崎さんが歌っていたのです。サントラに収録されていたその曲を聴いてみると、やはりフェードアウトしてよかったと思うような曲になっていました(クリスタルキングさんのファンの方々に怒られるぞ!)。

そして、恐怖で世紀末の覇権を目指していたラオウさんのサイドストーリが画かれてはいたのですが、ラオウさんと共に行動する新キャラクターのレイナさんの出番があまりに多すぎるので、その余波を受けたラオウさんにはほとんど出番がなかったのです。

さらに、一番期待していたサウザーさんは魅力的な悪として画かれていたのですが、時間の制約のためか?大事な要素である愛のエピソードが省かれ、ツンデレの“ツン”の部分しか画かれないので、ただの絶対君主な男にしか見えないのです。

なので、サウザーさんの“デレ”の部分を削ってまで、新キャラクターを出す必要はなかったんじゃないのかな?という印象を受けてしまいました。


 映画では迫力のある格闘シーンなど多くもの名場面がよみがえっているのですが、原作の重要な要素がいくつも省かれているため、原作を読んでいないと理解できないシーンが数多くあるのです。でも、北斗の拳という原作を知らずにこの映画を見る人はほとんどいないはずなので、特に問題はなかったと思われます(おいおい)。

なのですが、昔好きだった曲をアーティストがあらためて歌ってくれているのに、曲のアレンジがアコースティックver.とかフルオーケストラver.などになっているのと同じような違和感がこの作品では残るのです。ファンとしては原曲のままで歌ってくれよ!と思うのですが、アーティスト側がその曲に飽きてしまった部分や今の方向性に沿わないのでアレンジを変えてしまうのと同様に、この映画の製作者側が提供する新たなるストーリーの展開が、多くのファンの待ち望んでいた映像とは違っていたような印象を受けてしまうのです。

ということで、CGなど現代のアニメ技術を駆使して迫力のある映像になっているものの、原作を知らない人には理解しにくい内容になっていて、古いファンもいまいち楽しめないという中途半端な脚本になってしまっていたのです。

 声優の起用方法なども問題視されていましたが、作画に統一性がないことなども気になったので、ちゃんと最後の5部作まで制作されるのかな?と心配な作品なのですが、次回以降に期待してみるaliasなのでした。



真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 殉愛の章 ディレクターズ版 通常版
真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 殉愛の章 ディレクターズ版 通常版




2006年11月05日

迷い婚 -すべての迷える女性たちへ-

 題名からして地味過ぎる映画なのです。海外ドラマ“フレンズ”で有名なジェニファー・アニストンさんが主演であるものの、結婚に迷った女性が自分探しをするというありふれた設定なのです。

なのですが、この物語の冒頭で画かれるのは1967年に公開された映画、ダスティン・ホフマンさんの“卒業”のストーリーなのです。卒業といえば、サイモン&ガーファンクルさんの切なくも疾走するような曲も印象的でしたが、教会で結婚式をあげている花嫁を奪い去るラストシーンが有名ですね。

って言うか〜、その花嫁略奪のシーンしかaliasは覚えていなかったのです(おいおい)。



卒業
卒業




 ということで、久しぶりに卒業を観てみたのです。

大学を卒業し実家に戻っていたベンジャミン・ブラドックは、父の友人であるロビンソンの妻だった42歳のミセス・ロビンソンに誘惑され不倫という禁断の関係に陥ってしまい、その後も惰性のように毎晩ホテルで密会する日々を過ごしていた。怠惰な生活を送る息子に心配していた両親だったが、そこに幼馴染であるロビンソンの娘エイレンが実家へ帰省してきた。何も知らない二人の親達は子供達が付き合うことを勧めていた、嫉妬していたミセス・ロビンソンを除いては。彼女の純粋な心に引かれ始めていた彼だったが、二人の前でミセス・ロビンソンは不倫の関係をしていた事実を彼女に暴露する。衝撃の事実に耐え切れずエイレンは大学へ戻るが、それがきっかけとなりロビンソン夫妻は離婚することになり、その後エイレンは別の男性と結婚することを決意する。そしてベンジャミンは…。


 で、何でこんなストーリーが冒頭で画かれるのだろう?と思っていたのですが、ジェニファー・アニストンさんが演じる主人公は卒業と同じように結婚を迷っていたエイレンの娘だったのです。

この物語では、映画“卒業”の原作小説は主人公の母や祖母の過去を画いた作品だったという設定なのです。それから30年の月日が流れた物語の中では、エイレンはベンジャミンとは一緒にならず結婚式場にいた男性と夫婦生活を送っていたことなどが画かれるのです。

そして、不倫をしていたベンジャミンなので、ミセス・ロビンソンと氣@ソ雌9;]テ(あれ?文字化けしちゃった!)をして、娘のエイレンとも鷺l4;痲をしていたのですが(また、文字化けしちゃったよ!!)、30年後、この映画の主人公である孫にまで9jミ薙gレeをしちゃうのです(文字化けし過ぎだ!!!)。


 中田英寿さんが引退表明したときにさらに有名になった自分探しという言葉なのですが、通常の作品等では自分探しをする事となるきっかけの事件が最も大事なポイントとなる映画が多いのですが、この物語では自分探しをしている途中で劇的な過去と出会うという稀なケースの脚本なのです。

こんな作品を観てしまったら、同じように自分探しをしたくなる人が増えるかもしれませんが、この映画はほとんどヒットしなかったのでたぶんそんな展開にはならないのです(おいおい)。


 映画の前半では結婚を迷う主人公やそれを取り巻く人々はコメディータッチでありながらリアルな展開をするのですが、物語から卒業の後日談と関わりのあるエピソードが終わった後は眠気を誘うような展開になっていました(言い過ぎだって!)。

せめて、ダスティン・ホフマンさんが出演していたら、もっと話題作の映画になっていただろうな〜と、少し残念な気分になったaliasなのでした。



迷い婚 ~すべての迷える女性たちへ
迷い婚 ~すべての迷える女性たちへ



2006年11月02日

トンマッコルへようこそ

800万人が笑って泣いた!!2005年、観客に最も愛された映画

 と、宣伝展開されていたこの作品は2005年度の数々の映画賞を受賞し、韓国の6人に1人が観たという大ヒットした映画だったそうなのですが、公式サイトを見ていると子供向けのファンタジー作品やディズニー映画にありがちな絵本みたいなホームページだったので、特に興味がなかったのです。

でも、いままで映画をお勧めされたことのない友人が好印象の作品だと言っていたので、とりあえず劇場へ足を運んでみたaliasなのでした。


 物語は、1950年朝鮮半島では北と南に別れる戦争が起こっていたが、それは米・ソの代理戦争とも言える戦いだった。そんな戦時下に国連派遣軍として参加していたアメリカ軍の飛行機がトンマッコルと呼ばれる村の近くに不時着する。この小さな村は国を分けた戦争が起こっているという情報が入ってこないほどあまりに山奥にあり、彼らは自給自足の素朴でつつましい昔ながらの生活を送っていた。村人達に助け出されたアメリカ人は言葉すら通じないことに困っていたが、そこへ仲間とはぐれた南の兵士2名と北の兵士3名が現れ一触即発の事態となる。そして…。


 この映画に出てくるトンマッコルとは“子供のように純粋な村”という意味の架空の村が舞台なのです。物語の冒頭では戦争の悲惨さが画かれるのですが、それと対比的に画かれる心優しき純粋な村の人たちは同じ民族でありながら、いがみ合っている兵士達に戦うことのばかばかしさを教えてくれ、やがて兵士達は彼らに心癒され、互いを理解し始めるというスタンスで映画は進んでいくのです。

なのですが、この映画は朝鮮半島の歴史を知っているという事を前提にした作品だったためか、当時の時代背景などがあまり画かれていないのです。なので、朝鮮戦争についてあまり知識がないaliasとしては敵対する兵士達のいがみ合う理由がわからず、映画の中で画かれるトンマッコルの村民達と同様に一歩ひいた視点で映画を観てしまうのです。そのため、この物語の重要なキーワードであるトンマッコルという存在自体の意味が埋もれてしまうのです。

そして、当時のアメリカ軍への批判や国の統治体制、民族統一などのプロパガンダとも受け取れる要素が画かれていたため、日本ではかなり批判もある作品だったようなのです。

なので、海外へ輸出するには不向きな作品だったと感じてしまう側面があるのです。


 この映画では宮崎駿監督作品に多くの楽曲を提供していることで有名な久石譲さんが音楽を担当しているのですが、ジブリ作品の使いまわしかよ!と思うような曲が多数流れるのです(おいおい)。

でも、この壮大な曲がやがて物語に深みを与えていき、この村を象徴するようなヒロインである“カン・ヘジョン”さんの幼子のような振る舞いや笑顔、南北の兵士達がこの村で一緒に暮らすきっかけとなったポップコーンが降ってくるシーンや仲直りすることになるエピソードなどが映画としてのストーリーに説得力を与え、完成度の高い物語にもなっているのです。


 ということで、少し視点を変えるだけで映画の印象がかなり変わってしまう不思議な映画でした。

そして、この映画のストーリーの転機となるシーンでは、いつも空から何かが降ってくるという演出が印象的だったaliasなのでした。



トンマッコルへようこそ
トンマッコルへようこそ

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