2007年02月11日

守護神

 この作品はアメリカ湾岸警備隊(U.S. Coast Guard)のレスキュー・スイマーのお話ということなので、2006年に大ヒットした“海猿”のシリーズがハリウッドリメイクされると聞いていたので、この作品のことか!と思っていたのですが、資料を見ていると、どうやらこの作品ではなかったようです。

映画では伝説のレスキュー・スイマーとしてケビン・コスナーさんが出演しているのですが、今回、準主役としてアシュトン・カッチャーさんが出演しているところが大事なポイントなのです。アシュトン・カッチャーさんといえば海外ドラマの“That ‘70s Show”でファンになったのですが、そのあとも“ジャスト・マリッジ”や“バタフライ・エフェクト”などに主演し手堅くヒットさせている人なのです。すこし長髪的な髪形のところが好きだったのですが、今回映画の中では短く刈り上げられてしまうのです。でも、ショートなヘアーでも彼の美しさは変わらないのでした(にこにこ)。


 物語は、これまでに数百人の人命を救ってきたといわれる伝説の存在であるベンは40歳を過ぎても現役でレスキューを続けていた。いつものように彼のチームはヘリで沈没しつつある貨物船の救助に向かったが、ヘリが高波に飲み込まれ遭難者だけでなく救助隊チームも全滅してしまう、瀕死の彼を一人残して。そして、いつも死と隣り合わせの仕事をする夫を待ち続ける生活に疲れてしまった妻も彼の元を去っていた。

心と体の両方にダメージを受けてしまった彼は、現役に復帰する前にレスキュー隊員の訓練校“Aスクール級学校”の教員を命じられた。Aスクールは志願者の1%しか入学を許されず、卒業する頃にはその半分が退学を余儀なくされるほど厳しいものだったが、現場の状況を熟知していた彼はさらに厳しく実践的な訓練を生徒たちに課す。だが、ベンがAスクール時代に築き上げた潜水記録などを塗り替える逸材であるジェイクがいた。高校の水泳チャンプだった彼の能力はすばらしかったが、チームワークを乱すほど暴走する彼の態度に不審なものを感じていた。そして、ジェイクの心に秘めていたものとは…。


 この物語は訓練校時代と実際の救助に向かう2部構成的な作品になっていますが、物語は一つひとつ丁寧に画かれているため、アクション映画としては珍しく2時間19分という上映時間なのです。

もちろん映画では水中アクションがメインになるのですが、アシュトン・カッチャーさんが8ヶ月前からトレーニングを始め5kgも増量させた彼の美しい体も大事なポイントなのです。そして、すでに50歳を超えたケビン・コスナーさんが体当たりのアクションに望んでいるところもすごかったのです。

物語は定番ながらメリハリのあるストーリーと水の恐ろしさなど迫力ある映像で構成されているため、誰にでもお勧めできるような、無難に泣けるエンターテイメントな映画に仕上がっていました。


 で、この作品がそこそこ良かったのです。なので海猿をハリウッドリメイクしても、日本人以外の海猿という作品を知らない人達には二番煎じにしか見えなくなってしまうので、リメイクの話は立ち消えになりそうな気がしているaliasなのでした。



守護神
守護神

2007年02月08日

幸せのポートレート

全米で「ラブ・アクチュアリー」の記録を超えた“理想”の幸せをさがす あなたのストーリー

こんな宣伝展開をしたクリスマスをテーマに画く物語だったのですが、映画公開は2006年7月15日の暑い真夏で、DVD発売は2007年1月26日の年明けで、なんとも間の悪い作品なのでした。


 物語は、結婚を決めた女性が男性の実家へ初めてのクリスマス帰省をするところから始まる。ニューヨークでキャリアウーマンを勤める彼女はブランドの服と髪をアップにした高飛車な姿で実家に訪れてしまったため、アットホームな男性の家族からは嫌われてしまった。最初の失敗を取り戻し家族に受け入れられるために努力をしてみるが、状況は時間が立つほどひどくなっていく。そして…。


 この映画は虐められたシンデレラが最後に幸福をつかむラブコメ的な物語にも見えるのですが、サラ・ジェシカ・パーカーさんが演じる女性は気が強かったり、変なクセを持っていたり、場の雰囲気を読めなかったりするのです。そのため主人公自体が観客からも嫌われてしまうほどの原因を作っているので、彼女を一方的に応援したくなるような物語ではないのです。

で、彼女を迎える男性の家族にはゲイの息子がいたりするのですが、それを家族として話し合い、受け入れていくというアメリカ的アットホームな雰囲気なのです。でも、すべての現象を家族として受け入れるべきだという偽善的な雰囲気まで画き出すため、この家族自体にもズレが出て少しおかしくなっていることも画くのです。その表面的に保たれている家族像も彼女が入ってきたことで問題が浮き彫りなり、すべては崩壊していくのですが、この家には理想的な家族を作り上げなくてはいけない理由があったのです。


 映画配給会社はオムニバス形式で作られていた“ラブ・アクチュアリー”を意識した宣伝展開をしていましたが、クリスマスをテーマにしていることや、あらゆる世代の人が観ても物語の誰かに自分を重ねてしまうような構成が共通していました。

でも、服装や会話、リアクションなどで登場人物の思想や背景を画ききるため、少しでも見逃すと物語の展開について行けなくなる構成の作品なため、単に笑えるラブコメにはなっていないのです。

さらに、ラブコメ形式の映画になっていますが、どの部分で笑うのか?という事でその人の内面が見えてくるほど人の心情を深くまで画いているのです。そして、恋愛だけでなく家族として幸せを望む思いがこめられたヒューマンドラマな展開にけっこう感動してしまいました(この映画の良さは観ていない人には説明しにくい作品なのです)。


 この物語はあるきっかけで幸運が訪れ、誰にでも分かりやすい表面的な結着を迎えるのですが、実は物語の深い感動も裏側に隠されているのです。

でも冷静に考えてみると、ある意味で無理のある終わらせ方のために、その状況を受け止めるこの家族はやっぱりおかしいままじゃないのか?と思う一面もあったaliasなのでした。


 それにしても、1946年生まれのダイアン・キートンさんって個性派女優としていろんな作品に出演していますが、“恋愛適齢期”など年をとっても肌を露出させるシーンが多いのは、体形を維持していることを観客にアピールしたいからでしょうか?(おいおい)



幸せのポートレート
幸せのポートレート

2007年02月04日

Gガール 破壊的な彼女

 この映画に出てくるGガールと呼ばれる女性は自由に空を飛べたり、車を持ち上げる怪力の持ち主で銃弾をはじき返す肉体であったり、目から光線を出したりするため、スーパーマンをそのままパクった設定になっているのです。そして新聞やテレビで素顔をさらしているのに、メガネをかけてカツラをかぶると、誰にも正体がバレない!という設定までが同じだったのです(おいおい)。

で、映画の原題は“My Super Ex-girlfriend”なので、直訳すると私のスーパー元ガールフレンドとなるのですが、元カノというところがこの作品の大事なポイントなのです。


 物語は、マット(ルーク・ウィルソン)は半年も彼女がいなかったが、電車で出会ったジェニー(ユマ・サーマン)をデートに誘う。彼女ができることに喜んでくれていた友人(レイン・ウィルソン)や同僚(アンナ・ファリス)だったが、挙動不審な彼女とのデートのことを話すと深入りしないように忠告された。しかし、2回目のデートで一夜を過ごすほどの深い関係に陥ってしまい、彼女はメガネとカツラをはずし自分の正体がGガールであることまで晒してくれた。だが、世間からはヒーローと呼ばれる彼女の私生活は、感情的で情緒不安定、嫉妬深く、束縛的だった。彼女とのぎこちない生活を送ることで、本当に好きなのはマットのことをいつも心配してくれていた同僚の女性だったことに気付いてしまった。そして、マットに別れを切り出されたジェニーは彼へのストーカー的な復讐を始める、Gガールの全能力を駆使して…。


 この映画はエロかわいい・ちょいエロのという言葉を前面に押し出し、カップルにお勧めなような宣伝展開がされているのですが、:ソ彌z*リ$”傳イ/7な言動や、@%ylツ履*メ5」なシーン、qぅ畝%1艪+pなプレイまでもが画かれるため(18禁な言葉は文字化けするシステムなのです)エロカワどころか、下品とも言える作品なのです。

さらに男性にフラれた女性による復讐劇が展開されるので、付き合い始めたばかりのカップルには危険な映画なのですが、“メリーに首ったけ”や“アメリカン・パイ”、“最終絶叫計画”などを一緒に観られるぐらいの人達ならけっこう楽しめると思われます。


 二人も子供を生んでいるにもかかわらず美しい体形を維持している、ユマ・サーマンさんの181cmの大きく長い肢体も見所ではあるのですが、アメコミシリーズに代表されるありふれたヒーローという設定にラブコメ的な復讐劇の設定を継ぎ足すだけで、こんな面白い映像になるんだ!というのが素直な感想なのです。

この作品ではスーパーマンの映画やテレビシリーズなどにリスペクトしたシーンなど笑いを交えながら展開するため、“最終絶叫計画”的な世界観をうまく長編にまとめたあげた映画なのです。サメが部屋の中で暴れ回るシーンなど無駄なものにやたらCGを使って表現するところなどにB級映画だな〜と思わされるのですが、人の感情の流れ方や物語の展開のさせ方、結末の演出も含め、この奇抜な物語は意外と好印象な映画なのでした。


 でも、子育てに専念すると一部報道されているユマ・サーマンさんなのですが、こんな作品が引退作品にならなかったことに、一安心したaliasでもあったのでした。



Gガール 破壊的な彼女 (出演 ユマ・サーマン)
Gガール 破壊的な彼女 (出演 ユマ・サーマン)

2007年02月01日

世界最速のインディアン

 インディアンという言葉は現在では差別用語にあたるという事でネイティブアメリカンと言い換えることが一般的になっているのに、よくもまあ!こんなタイトルにしたよな!!と思っていたら、検索してみるとバイクメーカーの名前だったのです(バイク乗りなのに知らなかったのです)。

そのインディアンモーターサイクルとは、アメリカのマサチューセッツ州スプリングフィールドで1901年に設立された会社で、1953年に経営不振に陥り生産中止になってしまったのですが、ハーレーダビットソンと共にアメリカのバイク業界の一時代を担った会社だったそうです。


 で、この映画は実話を元にした1960年代を画いた作品なのですが、公式サイトに、バート・マンロー、63歳。伝説のバイク“インディアン”とともに、世界最速〜時速300キロの世界に挑む!と書いてあったので、最初からすべてがネタバレな作品なのでした(おいおい)。


 物語は、21歳のときに出会った“インディアン・スカウト”というバイクで世界最速になることを夢にみたニュージーランドに住む男がいた。40年以上のかけて独力で改造し続けた結果、ガラクタばかり廃材置き場のような家に住むバート・マンローは近所から迷惑がられ、すでに初老になってしまい年金生活を送っていた。体力の限界を感じていた彼は63歳の誕生日を機に、地球の裏側にあるアメリカのユタ州ポンネヴィルにあるソルトフラッツへ向かう、ドラッグレースでバイクの世界最速レコードに挑戦するために。近所の誰もが彼の勝利を信じていなかったが、いつも彼のことを見守っていた少年だけは優勝できることを信じてくれていた。そして銀行から借金をしてまで旅立った彼は、渡航費用を節約するために船員を勤めながらアメリカまでの船旅を過ごし、ロサンゼルスからユタ州までのバイクの輸送手段の現地調達など彼の貧乏旅行にはさまざまな壁があったが、旅先で出会う人々に助けられたり、やさしさに触れながら目的地となるレース場へと向かう。そして…。


 この作品のラストでは300km/h超えられるのか?というのが大事なポイントになるのですが、正確に記するとアメリカを舞台に繰り広げられるため単位がマイル(mps)になってしまうのです。

物語では190mpsまでは簡単に速度が上げることができるが、200mpsになるまでの彼の努力と思いが涙を誘うことになるのです。でも、1マイル=1.60kmなので、キロ換算にしてしまうと320km/hに到達できるのか?という話になってしまい、記録を破る意味合いが薄れる一面があったので、人間の感動も住む国の単位に縛られていんるんだな〜と少し悲しい気持ちになりました。


 なのですが、この映画はレースだけの物語ではないのです。アンソニー・ホプキンスさんが演じる63歳のバートが、昼夜を問わずバイクの改造をしていたり、お金がないため部品の一つひとつを手造りで鋳造するところなど、老人が少年のように夢に向かって突き進むところが素敵なのです。

どこから見ても田舎者な雰囲気を持つ彼は、おおらかで、握手ひとつで人を信頼させ、どんな問題でも解決するのです。そして困ったときに素直に人の助けを求めたり、老人になっても夢について語ったり、女性まで口説くというところが魅力的なのです。アンソニー・ホプキンスさんがかつて演じた“ハンニバル”のレクター博士とは対極にいるような人物設定なのですが、彼でなければ物語の説得力が無くなってしまい、すべては台無しになっていただろうな〜と思うほどの演技でした。


 通常、競技用の車体はエンジンの設計から空気力学など、それぞれのエキスパートや多額の資金を投入して作り上げるのが現代のモータースポーツ界では常識なのですが、この作品では肉切り包丁でタイヤを削り高速用に改造したり、部品を手造りで鋳造したり、空気抵抗などを体感で処理するというアナログな展開なのです。

古き良き時代のことだからこんなエピソードが成立するんだな〜と思っていたのですが、1967年にバート・マンローさんが1000ccのクラスで樹立した最速記録は未だに打ち破られていないのです。

その事実を聞いて、バイク乗りとしてあらためてこの映画に感動をしてしまったaliasなのでした。



世界最速のインディアン スタンダード・エディション
世界最速のインディアン スタンダード・エディション

2007年01月28日

ハチミツとクローバー

 人が恋に落ちる瞬間を初めて見てしまった。

2006年7月22日に公開されたこの映画は、美術大学に通う5人の男女で繰り広げられるお話なのですが、羽海野チカさんの通称ハチクロと呼ばれる少女マンガが原作です。


 原作の主人公は、花本はぐみという芸術に天才的な才能を持ために周りから疎遠にされてしまう孤独な少女なのですが、小学生と間違われるほどの身長や不思議な言動のために、コロボックル(アイヌの伝説の小人のことなのです)とかチビモ二と呼ばれるほどのかわいらしい少女なのです。

彼女に対して恋をしてしまった少年たちの心理描写など、上記のような印象的なセリフなどをちりばめながら恋愛のストーリを画くのですが、まさにキュンと胸が締め付けられるような、初々しくて、いつもみんな赤くほほを染めていて、見てる方が恥ずかしくなるぐらい胸がイタ過ぎるお話なのです。

そして、周囲の大人たちも彼らの若さゆえの行動に巻き込まれてしまったり、純粋な恋心に影響されてしまったりして、やがて大人たちも淡い気持ちに取り込まれてしまうところが面白かったのです。


 そんな作品なのですが、漫画ではいつもお腹をすかせている男の子たちの貧乏生活を送る学生の日常を、多彩で異色な人物たちと破天荒なシチュエーションなど、青春という言葉を笑いのキーワードにしてギャグ漫画のノリで画く一面もあるのです。そのため、ラブな部分とコメディーな部分の落差を見事に使い分けられたラブコメな作品だったのです。

なので、こんな作品をどんな実写作品にしたんだろう?と思い、映画を見てみたaliasなのでした。


 物語は、竹本(櫻井翔)は美大の新入生はぐみに(蒼井優)恋をしてしまった。そして芸術に対して有り余る能力を持つ森田(伊勢谷友介)もはぐみに好意を持っていたが、変人と呼ばれる彼は彼女から見れば恐怖の存在だった。だが、彼女は圧倒的な彼の芸術の才能には惹かれてもいた。一方、竹本の恋に落ちた瞬間を目撃していた真山(加瀬亮)はバイト先の年上の女性にストーカー的な恋をしていた。そんな彼を見続ける、真山にふられてしまったのに思いを捨てきれずにいた山田(関めぐみ)もいた。そして彼らの双方向にならない一方的な片思いの恋の物語が始まる…



 はぐちゃんをリアルな人間が再現するのはやっぱり無理だったのか〜!というのが、原作を読んでいたaliasとしては素直な感想なのです。

物語は実写として表現するために脚本や人物設定を大きく変えてしまうほど内容が一変し、原作のコメディーなシチュエーションも監督が力を入れていなかったためか?そういったシーンを大幅に削り、再現されているコメディーなシーンも空回りしている傾向にあるのです。

さらに美術というものをテーマにしている物語なのに、芸術として作り上げる作品の凄さが画面から全く伝わってこないため、物語からリアリティーを奪っていくのです。


 なのですが、恋愛のストーリに関してはマンガの印象的なシーンをうまく取り込んでいたのです。そしてスピッツさんたちの曲が切ない物語の展開に拍車をかけ、すれ違う感情、恋愛対象ではない異性に対する愛情、自分探しの旅に出るエピソードなど人物描写などがうまく画かれていたのです。

映画に出てくる登場人物には嫌な人や意地悪をする人達が出てこないため、ご都合主義のような感じもするのです。でも人間の思い出には嫌な物を記憶の隅に追いやり、いい思い出だけを大事に残しておくように、甘酸っぱい内容だけで展開されるこのピュアなお話は意外と好印象な作品でした。

なので、原作を切ない描写が好きだった人や原作を知らない人には楽しめるのかも?


 この作品には自分探しの旅に出た少年の疲れ果てた姿を見て、中村獅童さんが水とタオルを渡し「これを使って、探せ!自分を!!」と、やさしく応援の言葉をかけるシーンがあるのです。

2006年7月12日に彼の飲酒運転が発覚した際にマスコミに浮気がバレ、竹内結子さんと別居となり現在は離婚協議中なのです。そして、今では1DKのマンションに一人さびしく生活していると噂されている中村獅童さんのために、同じ言葉をかけてあげたくなったaliasなのでした(笑えない)。



ハチミツとクローバー スペシャル・エディション (初回限定生産)
ハチミツとクローバー スペシャル・エディション (初回限定生産)

2007年01月21日

ラブ★コン

 この映画は男女の身長差をキーワードにした恋愛ドラマを延々と100分も画くだけの物語なのですが(違うだろ!)、冒頭では、この身長の差はまるで“銀河鉄道999”のメーテルと星野鉄郎の恋愛が成就する確率ぐらい低そうに見えるところから始まるのです(例えが古いって!!)。


 物語は、170.0cmの小泉リサ(藤澤恵麻)は男性に告白したがその身長を理由されてフラれた経験があり、159.0cmの大谷敦士(小池徹平)は自分より背の高い女性に恋愛の対象とされなかったため、それ以後の二人は自分と身丈のあう人と付き合うことを心に決めていた。高校で同じクラスになった二人はその身長差から生まれるコンプレックスにより犬猿の仲だったが、周囲からは学園のオール阪神・巨人と呼ばれるほどの息の合った漫才コンビにしか見えなかった。互いの友人たちを通しての付き合いしかなかった二人だったが、小泉は大谷の優しさや頼りがいのあるところを発見して彼を好きになり始める。だが、過去の経験があったためか大谷は彼女を恋愛の対象ではなくただの友達としてしか見ていなかった。そして彼女は…。


 物語の設定が舞戸(まいど)学園というところや二人がオール阪神・巨人と呼ばれるところ、そして関西弁で展開されるということで、大阪を舞台にした恋愛コメディな作品に仕上がっているのですが、関西に住む友人の話を聞いていると、どう見てもロケ現場は関西じゃあらへんで!だそうです。


 この作品は原作が少女マンガということで恋する女の子の目線で画かれるのです。最初は身長という障壁が邪魔をするのですが、好きになってしまった瞬間どんな欠点があっても輝いて見えるということを画くのです(この作品では「キュン死に」と表現するのです)。そして、恋を追いかけると相手は逃げてしまうが、去ってしまうと今度は相手が追いかけてくるという展開や心すれ違うエピソードなど、恋愛の登竜門のような物語なのですが、淡い恋心を抱いていた当時の自分を思い出すような懐かしさ覚える作品でもあったのです。

そのキュン死になどを含めて恋をして周りが見えない女の子の姿をコメディータッチに画くのですが、大人になっても恋をした時は年齢に関係なくそんな姿になっていることを気付いていない人が意外と多いのです(参考:韓流や氷川きよしファンのおば様方)。なので、物語に笑いだけでなくリアルさを感じてしまう部分もあるのです。


 で、恋愛のストーリを盛り上げるために楽しさや悲しみを表現する数々の挿入歌が流れるのですが、JUDY AND MARYさんやPRINCESS PRINCESSさん、PUFFYさん、LINDBERGさんなど昔懐かしい曲が流れるのです。最初は恋愛をテーマにした曲として定番なのかな?と思っていたのですが、この映画は原作ファンだけでなく、意外と20代以上の幅広い顧客層も取り込もうとした作品だったのかもしれませんね。

そして、本当のオール阪神・巨人さんや寺島進さん、南海キャンディーズさん、ムツゴロウさん(畑正憲)など、なぜこの作品に起用されたのか?意味不明な人たちもいたのです。

でも、それを含めた重要な要素である谷原章介さんら脇役の人たちや主人公たちのオーバー過ぎる演技と、ポップでアニメ的な映像感覚がうまく融合していたので、アイドル映画な展開の物語でもあったのですが、意外と好印象な作品なのでした。


 ということで、この物語は大阪を舞台にしているので、大阪出身の小池徹平くんがさわやかに関西弁のギャグをとばすのですが、あの高音なしゃべり方がグルメレポーターで活躍している彦馬呂さんを思い出してしまい、映画に集中しきれなかったaliasなのでした(参考:味のIT革命や〜!)。



ラブ★コン (通常版)
ラブ★コン (通常版)

2007年01月18日

ディパーテッド

 最初にこの映画の予告編を観た時は、レオナルド・ディカプリオさんとマット・デイモンさんの体型や雰囲気が似ているためなのか?二人を混同してしまったのでaliasなのでした。

ということで、前作となるインファナル・アフェアを観てから劇場へと足を運んだのですが、内容自体は舞台を香港からアメリカへと移し変えたこと以外は物語の時系列を少し変えているぐらいだったので、ある意味でオリジナルへのリスペクトを感じさせ過ぎる映画なのでした。


 物語は、ボストンで大物マフィアのボスだったフランク・コステロ(ジャック・ニコルソン)は子供の頃から面倒を見てきたコリン・サリバン(マット・デイモン)を警察組織内へ送り込む。一方マフィア組織の壊滅を狙っていた州警察は、身内に犯罪歴を持つものが多かったビリー・コスティガン(レオナルド・デカプリオ)をマフィア組織内へ潜入させる。犯罪を繰り返しコステロの信用を得ようとするビリーだったが、コリンは警察内での働きに信用を得て出世の道を歩いていた。やがて、警察側もマフィア側も組織内にスパイがいることに気付き犯人探しを始めたが、正体は依然としてつかめなかった。中国マフィアにより大物の取引が持ち込まれ、マフィアと警察の熾烈な情報戦が始まった。そして…


 マフィアのボスを演じる悪役に徹したジャック・ニコルソンさんや警察側のマーティン・シーンさんらの脇役が物語を引き立てていたのですが、警察内へ侵入したスパイを演じるマット・デイモンさんの人を裏切ることに抵抗のない男や、マフィアへと囮捜査を続けるレオナルド・ディカプリさんの真っ当な生活を求めていたがマフィアで潜入捜査をさせられる悲しみの演技が見事に表現されていました。

そして、スパイであることがばれてしまったら人生が終わってしまうという緊張感、警察組織内で権力を得ていくコリンと、人を騙す毎日に疲れ果て普通の生活を求めていたビリーの悲しみが対照的に画かれているところなどは損なわれていなかったのです。

映画の展開自体も、インファナル・アフェアはドラマティックな要素が多かったのですが、この作品自体はリアルな部分を強調している傾向にあったのです。


 なのですが、原作をアメリカの舞台へと変えてしまったことで物語の設定が再構築されているのですが、そのため物語の説明に時間がかかり前半の展開が遅くなってしまっているところやインファナル・アフェアで印象的だった映像をこの映画で再現するために無理のある脚本になってしまっていること、そしてそれらの少しずつおかしくなってきた脚本のために原作では必要だった精神科医などの設定が無駄なものとなってしまい、後半がぐだぐだな印象を受けてしまうのです。


 そんな印象を受けてしまったのですが、一緒に観に行った原作を知らない友人によるとかなり面白く好評だったと言うのです。

なので、aliasにとしては原作の物語がかなりお気に入りだった事と、アカデミー賞では無視され続けてきたディカプリオさんのために作られたアカデミー賞取るための映画のように見えてしまったので、そのあたりが鼻についてしまいこんな印象になったのかもしれませんね。

ということで、この原作を知らない人は楽しめる映画なのかも知れませんが、インファナル・アフェアの世界観が好きだった人には厳しいかも?


 で、一番気になるところは、ハリウッドのリメイク争奪戦ではインファナル・アフェアの1作目の権利しかとっていないと報道していたはずなのに、権利関係にうるさいアメリカなくせに(おいおい)、2・3作目の要素を一部取り入れた物語の構成だったのです。

なので、ちゃんと契約は交わしたのかな?という事が気になってしまい、そのことが映画を観ていて一番ハラハラさせられたaliasなのでした(おいおい)。



ディパーテッド (期間限定版)
ディパーテッド (期間限定版)

2007年01月14日

インファナル・アフェア

 1997年に香港が中国に返還されてから香港映画界のスターや資金、人的資源の流出などがおこったために一時は低迷してしまったのですが、2002年に公開されたこの映画は(日本は2003年なのです)アジアを中心に好成績の興行収入とハリウッド市場最高値となるリメイク権の争奪が行われたほどの作品だったのです。


 このヒットをうけて、続編として2作品ほど製作することが急遽決まったのですが、この映画の主役だったアンディ・ラウさんやトニー・レオンさんらのスケジュールがすぐに抑えられるはずもないので、1作目で彼らの若き日を演じていた暇な新人役者を使って映画を作ることにしたのです(おいおい)。なので、続編となる2作目は彼らを必要としないこの物語の前編となる内容で構築したのです。

そして、3作目はこの作品の続きを画くことになるのですが、1作目で物語の重要な要素をほぼ使い果たし先のストーリを画くことが難しかったためか、最初の作品の詳細を中心に画く脚本になってしまい、全作品を見ていないと全く意味が分からないというマニア向けの作品にしてしまったのでした。

このシリーズや欲望の街などを含めアンデュリュー・ラウ監督の画く世界観が好きだったので、レオナルド・ディカプリオさんとマット・デイモンさんで“ディパーティッド”としてハリウッドリメイク作品が公開される前に、この物語をもう一度観ておこうと思ったaliasなのでした(たぶん3回目)。


 物語は、香港の闇社会で生きていたサム(エリック・ツァン)は警察の情報を手に入れるために現役の警察官を買収するのではなく、自らの子分を警察内部へ侵入させるために警察学校へ入学させることを計画する。だが、同時期に警察側は闇社会の全貌を明らかにするために、ウォン警視(アンソニー・ウォン)は警察学校に入ってきたばかりの優秀な生徒であったヤン(トニー・レオン)を警察学校で強制退学したことにして在学記録も抹消し、彼を囮捜査員として派遣させた。

それから10年の日々が過ぎ、サムの子分の一人であるラウ(アンディ・ラウ)はCIBという内部調査課の課長となり組織内のエリートとして順調に地位を固めていた。一方、ヤンは数々の闇組織を渡り歩き、ついに大物であるサムの下へとたどり着いた。最初は3年で普通の生活に戻れるはずだったヤンは警察への復帰を求めるが、ウォン警視はこの大物を捕まえてから復帰させることで口約束をしていた。だが、この10年の間に偽りの生活を余儀なくさせられたウォンは愛する人からも見捨てられてしまい、一方のラウは順調な生活すすめ婚約者との結婚も控えていた。ついにサムによる大きな麻薬取引が始まるが、互いに内通者がいるため相手を騙しながらの攻防が始まる。そして…。


 この作品では警察と闇社会のスパイとして生きる二人を画くのですが、物語の設定自体はありふれたテーマだったのです。なのですが、この二つの物語を同時に画くことにより生まれてくる迫力、二つの物語が重なるときに高まる緊迫感、そして主役二人の映えのある演技と監督のドラマティックな演出により、印象的なシーンをいくつも心に残していくのです。


 双方の情報戦や素性がばれてしまうことは人生が終わってしまうという緊張感もすごいのですが、闇社会の一員でありながら警察官僚として出世街道をまっしぐらに進むラウの生活ぶりや、自分の安定した生活を守ることを優先して適当に闇組織へ情報を送るラウの不敵な顔している姿と、普通の生活をしたかったヤンがこの捜査を命じられたため愛していた人と別れることになってしまうところや、偽りの生活を受容し続ける辛い生き様と悲しい顔をした姿が対称的に画かれるところが見事にはまっていた作品なのです。

そして、この映画で印象的に映るのが青い空なのです。本来は闇の人間であるラウが真っ当な生活を送り日の下で生き、本来日のあたる生活を求めていたウォンが闇社会での生活を強いられること。太陽が本来生きるべき道と反対の生活を営む二人を責めるように照らし出すのです。


 二人が出会ったシーンに流れていた美しい曲やアンドリュウー・ラウ監督の人間の画き方などを含めた演出の方法、作りこまれた脚本など、新ためてうまさを感じたaliasなのでした。



インファナル・アフェア
インファナル・アフェア



で、そんなこんながありまして、続きを読む?

2007年01月11日

インビジブル2

 透明人間な話の続編なのですが、2000年に公開された前回のインビジブルでは、透明で何も見えないことを表現しているだけのくせに(おいおい)、当時の最先端のCG技術が注ぎ込まれた映像に驚かされた記憶があるのです。

特にポール・バーホーベン監督がこだわった部分は透明人間になって行くプロセスで、薬が射ち込まれた後にまず表面の皮膚が消えて血管があらわになり、筋肉や内臓がむき出しなって、やがて骨だけになってしまい、最後は視覚から消えて行くという過程を詳細に画く映像が衝撃的だったのです。人体模型や医学書などを研究し尽くしたようにリアルすぎる映像は、男性の下半身のタ#t魏イQ蝦/y(今年も18禁な言葉は文字化けするのです)を血管で表現をしてしまうところは緻密な表現というよりは、一流のスタッフで作られる露悪趣味で下品なB級映画というイメージがあったのです。



インビジブル
インビジブル




なのですが、透明人間として生きていくことの心理的描写をリアルに画いたり、薬の副作用により細胞が壊され精神が凶悪化していき制御不可能な透明人間が暴走していくという脚本や、透明人間になることは簡単だが元に戻ることが難しいという設定が斬新だったイメージもあったのです。

そんな面白い題材だったのですが、監督が画きたかったと思われる内容をほとんど前半でやり尽くしたためなのか?後半はぐだぐだな展開だったのです。そのため、何でこんな物語の続編を画いたのだろう?と思い、一部単館系でしか公開されなかったこの映画を観ることにしたaliasなのでした。


 物語は、パーティー会場のレストルームで一人男が首を切られ殺されしまうところから始まる。現場に駆けつけたシアトル市警のフランクとリサは犯行現場を検分し始めるが、返り血を浴びたはずの犯人がこの場からどうやって逃げ出したのか解らなかった。しかし、その事故現場へ国防総省が介入し彼らは捜査からはずされてしまった。うやむやなまま次の仕事へまわされた彼らは、今度はマギー・ダルトン博士の家の警護をまかされる。家の中に入られることを嫌がっていた博士の依頼により外で警備をしていたが、深夜に見張りをしていた彼らの元へ博士より侵入者がいるとの急報が入る。現場に駆けつけたフランクは先に入ったリサを見つけるが、すでに彼女は息絶えていた。そして、身の危険の迫る博士を守ろうとしたが、そこではじめて自分の戦うべき相手が見えざるものであることを知る。そこへまた国防省の人間たちが現れるが、国家の人間たちを信用できない彼らはその場から立ち去る。逃亡の中、なぜ国防省が介入するのか?なぜ博士を狙うのか?この敵は何者なのか?フランクは博士から真相を聞きだそうとする、殺された相棒の敵を討つために。そして…。


 今回はポール・バーホーベンさんが監督から製作総指揮へと変わったためか、VFXを売り物にした見世物主義な前作とは大きく変わり、派手な演出を抑えたサスペンス的な映画になっていました。

なのですが、俳優人などを見ているとほとんど知らないような人たちばかりなのです。そのため、CGなどにお金を回せない低予算の映画だったため、こんな出演者たちと抑え目の演出になったのかな?というマイナスな印象を受けてしまうのです。

そんな印象を受ける映画なのですが、前作の設定をうまく使った脚本や続編らしい物語の構成からは、B級映画として観れば意外と好印象な映画なのでした。


 透明人間という物語は使い古された設定なのですが、子供時代に透明人間になったらどんなことができるだろう?と真剣に考えたことがあったのです。でも、当時の幼き精神状態では、友達や先生にイタズラをすることぐらいしか思い付かなかったのです。

でも、大人になって透明人間というものを冷静に考えると、透明人間の一番すごいところは服も着ずに裸一貫で町を歩き回れるという超人的能力だ!という事に気づいたaliasなのでした(おいおい)。



インビジブル2
インビジブル2

2007年01月07日

名犬ラッシー

 名犬ラッシーといえば世界名作劇場としてフジ系列放送されていたことで有名なアニメなのです。そのため、実写で映画化された作品を観ることで原作のイメージが壊されてしまうんじゃないのか?と思ったのですが、冷静に考えるとaliasはどんな物語だったのか?あまり覚えてなかったのです。



名犬ラッシー 1
名犬ラッシー 1




 世界名作劇場といえば、かつて毎週日曜日の19:30〜に放送されていた“フランダースの犬”や“母をたずねて三千里”、“あらいぐまラスカル”を思い出しますが、資料を調べてみると、当時これらの作品は世界名作劇場と冠した番組ではなかったことに驚いてしまいました。

そして、名犬ラッシーは世界名作劇場の末期となる第22作目の作品で、唯一の途中打ち切り作品だったそうです(さらに途中打ち切りの最終回さえ、プロ野球中継のため放送されなかったのです)。

なので、原作のイメージが壊される心配もないし、安心して観られたaliasなのでした(おいおい)。


 物語は、1930年代のイギリス・ヨークシャー州にある小さな炭鉱町に住む9歳のジョーが毎日楽しみにしていたことは、つらい授業のあとに校門の前まで親友であるラッシーが待っていてくれること。だが、白と茶色の毛並みが美しいコリー犬だったラッシーは、以前から裕福なラドリング公爵から目を付けられていた。やがて、父親が働いていた炭鉱が資源を掘りつくしてしまい閉鎖することとなったため、生活に困窮したジョーの父親は公爵にラッシーを売ってしまった。最初はつながれていた鎖や檻を乗り越えてジョーの家へ戻ってきたラッシーだったが、ラドリング公爵は遠く離れたスコットランドへと住まいを変えてしまった。遠く引き裂かれてしまった彼らだったが、ラッシーは公爵の城を抜け出し800kmにも及ぶ家路への旅に出る。しかし、そこにはさまざまな困難が待っていた。そして…。


 ということで、母を訪ねて三千里の主人公を犬に置き換えただけの設定と、良い人と悪い人が分かりやすい昔ながらの演出の映画なのでした(ちなみに三千里は約11781kmだそうです)。


 で、この映画の注目ポイントは、犬に対して危険なアクションシーンが少しでもあると、すべてCGになるのです。さらに予算がなかったためか、あまりにも安っぽいCGでそれを表現するのです。

そのため、映像から緊張感がなくなってしまうことを感じ物語からリアリティーを奪って行くのですが、もしかしたら、動物愛護団体から虐待で訴えられるのを心配して、わざと分かりやすいCGを使用し、この映画は動物に危険なシーンを行わせていません!というアピールしているのかもしれませんね(たぶん違う)。

1986年、畑正憲さん(ムツゴロウさん)が原作監督の“子猫物語”では、ダンボールに乗った主人公の子猫であるチャトランが川に流され滝に落ちて行ったり、子猫ちゃんが熊と戦ったり、崖から海へ落ちたりする当時のCG技術では表現できない映像を、スタント猫で撮影したと言われる伝説の映画があるのです。それと比べればある意味で安心して観られる映画なのでした(あくまで伝説なのです)。



 この作品のラッシーが家にまで帰るエピソードの中には、さまざまな種類の捨て犬たちが出てくるのですが、それにキャラクター付けをするために血統書付きの様な犬たちもたくさん出てくるのです。それは、まるで身勝手な人間たちがペットを捨てて行くという現実を皮肉ったような世界観でもあり、そして犬が800kmもの道程を越え家に戻ってくるというこの物語は、捨てた経験のある人には恐怖の物語に見えるかもしれませんね(笑えない)。


 で、映画を観ていて一番驚かされたことは、ラッシーって女の子だったんだ!という事実なのです(やっぱりこの物語のことを全然覚えていなかったaliasなのでした)。



名犬 ラッシー
名犬 ラッシー

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