2007年04月26日

ハンニバル・ライジング

 この映画は1991年に公開され、第64回アカデミー賞で5部門を受賞した“羊たちの沈黙”のシリーズ作品になるのです。はじめて観たときは、斬新でいて難解なストーリーという印象だったのですが、あらためてこの作品を観ると、今でも色あせていない良く出来たサスペンス映画という印象でした。

当時は複雑に思えた内容が理解できたのは、aliasが大人になったためなのか?この映画にリスペクトした映画が多数作られ、手法が定番化したためなのでしょうか?



羊たちの沈黙〈特別編〉



 で、高いIQを持ちながらナチュラル・ボーン・キラーであるハンニバル・レクターさんの子供時代から画いた物語なのですが、この作品は原作のトマス・ハリスさんが脚本まで手掛けているのです。

当初は1937年生まれであるアンソニー・ホプキンスさんを、若作りにCG加工して映画を撮る予定だったのですが(おいおい)、当然のように主役要請は断られ(普通の神経の持主なら断るって!)、ギャスパー・ウリエルさんが主演となりました。

かっこいいだけでなく、あどけなさの魅力もある人なのですが、美しいほどの彼でさえ、年を重ねるとあんなおじさんになるのか〜と考えると、別の意味でリアリティある配役だと思ったaliasなのでした(アンソニー・ホプキンスさんのファンの方々に怒られるぞ!!)。


 物語は、リトアニアの貴族の息子として生まれたハンニバルは、第二次世界大戦の渦中で両親を亡くしてしまい、妹であるミーシャと共に冬の訪れる山小屋の中に幼い二人だけで隠れ住んでいた。しかし、戦災の混乱に紛れ、略奪などを繰り返している犯罪者たちに見つかり家を占拠されてしまう。深く雪が降り積もる中で居座り続ける彼らだったが、悪天候のため食料確保も出来ず備蓄も無くなり飢え細っていく現状に、彼らは病気だったミーシャを殺し…。

8年後、戦災孤児だったハンニバルはパリに住む叔父の下へ訪れるが、すでに彼は亡くなっていた。だが、義理の叔母に当たるレディー・ムラサキに温かく迎えられ、医学生となる。普通の暮らしを手に入れた彼だったが、毎晩妹を殺した犯罪者たちの悪夢に悩まされる。そして復讐を誓った彼は…。


 レディー・ムラサキという人物をコン・リーさんが演じているのですが、海外ではレディー・ムラサキは紫式部の事を指す言葉ということに、どれくらいの日本の人が気付けるんだろ?


 今回はハンニバルさんのルーツに迫る作品となるので、将来においてカニバリズム(人肉嗜食)の殺人鬼となった彼の過去の出来事が重要になるのです。

なのですが、純粋な子供だった彼がサイコ・キラーとなる過程で、日本の文化に触れてから残酷な殺人者へと変貌し始めるのです。この映画の中では武士道や剣道などをレディー・ムラサキから手ほどきを受けるのですが、人を殺す技術や思想など彼の異常心理の原因を、東洋の神秘にというものに押し付けたような無理のある展開となっているのです。

こんな設定になっているのですが、これまでのシリーズのレクター博士で画かれる日本文化としては、室内装飾としてアジア系の仏像や置物があったことや、彼が折り紙の鶴を折っていたことぐらいしか思い出せないのです。それに、日本人としてはこの人物設定や日本文化の扱われ方が、ハリウッド映画でよく見かける東アジアの文化を混同しているような印象になってしまうのです。

さらに、羊たちの沈黙などの作品で、拘束具に縛り付けられた印象的なシーンがありましたが、今回は日本の甲冑をそれに見立てて彼が楽しむシーンがあるのです。過去の作品にリスペクトしている事は分かるのですが、彼は好んで拘束具を着けてる訳ではないはずなんだけど…。


 冷酷でいて幼児性を残す殺人者で、残忍に行われる人間の解体、妖艶に映える恍惚の表情など、陰惨でありながら美しさを感じさせるギャスパー・ウリエルさんの演技には見惚れてしまいました。

そしてエピソード中には、羊の夢に毎晩悩まされていたクラリスに執着するハンニバルの理由など、旧作品へ回答するシーンが幾つか盛り込まれています。でも、アメコミのヒーローみたいな復讐劇な展開にされてしまうと、ハンニバルのシリーズ作品としては納得しにくいストーリーでもありました。



ハンニバル・ライジング スタンダード・エディション
ハンニバル・ライジング スタンダード・エディション



 aliasはトマス・ハリスさんが画く作品はアメリカの小説家としてはお気に入りな人になるのですが、今回は驚かされる展開の無い安直な物語という印象を受けてしまいました。

彼は、映像に対する脚本家としては向いていなかったのかな?

とりあえず原作を読んでみよっと!!



ハンニバル・ライジング 上巻 (1)
ハンニバル・ライジング 上巻 (1)



2007年04月20日

ロッキー・ザ・ファイナル

 言わずと知れたシルべスター・スタローンさんを一躍有名にしたボクシングの映画ですが、2007年4月6日に“ロッキー・ザ・イッキミ”という企画がTOHOシネマズ六本木ヒルズで公開されていました。このイッキミという微妙なネーミングセンスが気になったのですが、これまでにも“スターウォーズ”や“ハリー・ポッター”などのシリーズ作品をまとめて放映するTOHOシネマズのお祭企画だそうです。

今回は、ロッキー1作目からラストとなるこの最新作までの6作品をまとめて19:00〜朝7:00まで12時間の連続放映してたそうです。ほとんどの人が途中で居眠りしてしまいそうな時間設定なので、もう一度、映画館で観てもらおうとする企画だったのでしょうか?(違うだろ!)



ロッキー〈特別編〉



 物語は、現役を引退してからロッキーはフィラデルフィアで小さなイタリアン料理店を経営していた。すでにエイドリアンとは死別してしまい、父親の栄光と比較されてきた息子は独り立ちし、店では客相手に世界チャンピオン時代の話を毎回する、過去の遺産を食い潰すようなさみしい第二の人生を送っていた。ある日、ボクサー時代に近所の子供だった女性と出会うが、すでに離婚し青年を育てるほどの年齢になっていた彼女の生活が困窮していること知る。彼女の家族ごと面倒を見るロッキーだったが、彼女と出会うことで当時の自分をだけでなく、自分の中にくすぶっていたものを思い出させた。そこに、コンピュータのシミュレーションで現役の世界チャンピオンより全盛期のロッキーの方が強かったという結果が提示されるのをテレビで見てしまう。自分の中に残っていた戦いたい!という思いが彼に現役へ復帰することを決意させる。そして…。


 この物語は“ロッキー5/最後のドラマ”という自ら失敗作と公言したロッキー・シリーズに決着を付けた作品となっています。Xでは40歳半ばの男がリングに上がることは不自然だという理由で、映画の中では一度もリングに上がらず、路上のストリートファイトをするというとんでもない作品だったのです(ちなみに、この映画に合わせて再販されたDVDのロッキーVからは、この最後のドラマという日本語タイトルは消されてしまいました)。

そのため、今回はただのアクション映画ではなくアカデミー作品賞を受賞した1作目を彷彿させるようなストーリを構築し、60歳の彼が往年を思い起こさせるようなすばらしい体へとビルドアップし直し、当時の体の切れは無くなっているためボクシングの試合に迫力を持たせる絶妙なカメラワークなど、スタローンさんだけでなくスタッフ・サイドからもこの作品にかける意気込みが感じられました。


 で、ロッキーといえばフィラデルフィア美術館前の階段を駆け上がるシーンが有名ですが(ロッキー・ステップと呼ばれている場所なのです)、映画の中でロッキーがガッツポーズをした頂上部分に彼の足型が記念として残されているのです。なので、それが映画中で映し出されるのかな?と思い目を凝らして観ていたのですが、何度かのチャンスはあったものの、結局は最後まで映し出されませんでした(映す訳ないだろ!!)。


 ということで、この映画はこれまでのロッキー・シリーズを完結させる物語となっているため、過去の作品を知らない世代の人は楽しみにくい映画となっています。でも、過去の作品を知っている人は、あらためて昔の作品のDVDなどを観ずに劇場へ行くことをお勧めします。

過去の作品をテレビで観てから10年以上経っていましたが、昔の映像を交えながら物語が進行するため当時の記憶が鮮明に想い出されるのです。そのためロッキーのテーマ(Gonna Fly Now)と彼の戦う画面が映し出される頃には、懐かしさと共にaliasのほほにひとすじの何かが流れたのでした。



ロッキー・ザ・ファイナル (特別編)
ロッキー・ザ・ファイナル (特別編)
で、そんなこんながありまして、続きを読む?

2007年04月15日

クィーン

 イギリスのクィーンのお話なのですが、1970年代から大活躍していたロックバンドのQueenさんではなく、エリザベスU世であるThe Queenのお話なのです。



グレイテスト・ヒッツIII(期間限定)



 1997年8月31日にプリンセス・オブ・ウェールズ(ダイアナ元皇太子妃)が亡くなったことが全世界に報道されました。後日、パパラッチの過熱した取材によって引き起こされた事故という話やイギリス王室の陰謀による暗殺など、今でも風化されることなく話題に上りますが、今回の映画は当時の国民に反発されていたエリザベス女王を陰で支えたとされるブレア首相と、ロイヤル・ファミリーの内幕を画いた作品なのです。


 物語は、1996年チャールズ皇太子と離婚したダイアナ妃は、恋人だったドディ・アルファイドと車の事故によりフランスで急逝してしまった。その報は即座にエリザベスU世の耳に届くが、すでに王室とは関係が無くなっていたため、国葬ではなく彼女の家族に葬儀を任せることを決断する。しかし、チャールズ皇太子はフランスの地で遺体が置き去りにされていることに耐えられなくなり、女王の意思を無視して彼女を引き取りに向かう。一方、ブレア首相は彼女の死に対して、王室から何のコメントも無いことを危惧し、女王に英国民の意見を考慮することを進言していたが、彼女は王室とは関係ないことを繰り返すのみだった。古くからの決まりを守ることを身上として行動してきた彼女だったが、ダイアナ元妃が国葬ではないこと、半旗を掲げていないこと、コメントすら無いことに、国民やマスコミだけでなく、全世界からの非難が彼女に集中する。そして彼女は…。


 この物語ではダイアナ妃の悲しみが画かれる訳でもなく、事件の真相が暴かれる訳でもなく、彼女の死に対する女王の悲しみが画かれるわけでもないのです。彼女との確執や英国民の意見をストレートにぶつけてくるブレア首相、残された孫たちや家族の悲嘆、古き伝統を担っているという重責などに悩む彼女の心情を画くのです。そして、映画にはすべて実名を使い、出演している王室内の人々やブレア首相の側近の人間以外は当時にマスコミ報道で使われていたニュース画像を使い、当時のダイアナ妃や実兄などが出演しているため生々しい映像となっているのです。

王室内で起こる家族との論争やブレア首相の政策の内幕など、世間には公表されるはずもない話を中心にして画いているのですが、その映像に真実味を持たせるために上記の映像が使われているように受け取れてしまうのです。日本における皇室への敬意と同じように禁断の世界を画いているすごさはあるのですが、王室を弁護した不自然な映画にしか見えないのです。この映画を賞賛した女王は、イギリス王室としてこの事件を過去のものにしてしまいたかったのでしょうか?


 で、この作品ではヘレン・ミレンさんの女王ぶりが高く評価され、第79回アカデミー賞で主演女優賞を受賞しましたが、第77回ではジェイミー・フォックスさんが“レイ・チャールズ”さん、第78回ではフィリップ・シーモア・ホフマンさんが“トールマン・カポーティ”さんらの実在した人物演じ、二人は主演男優賞に輝きました。最近のアカデミーで受賞するには物真似が必須条件みたいです(おいおい)。


 この映画はイギリス王室の秘密を画いた作品でしたが、世間にはあまり認知されていないエルトン・ジョンさんの秘密も一緒に暴かれていたので、いい迷惑だろうな〜と思ったaliasなのでした。



クィーン<スペシャルエディション>
クィーン<スペシャルエディション>

2007年04月12日

ブラッド・ダイヤモンド

 「結婚指輪の値段は給料の3ヶ月分」というセリフが、映画の中で使われていたのです。

てっきり日本だけで通用する言葉と思っていたのですが、調べてみると「ダイアモンドは永遠の輝き」(a diamond is forever)という名言を生んだ“デ・ビアス”という企業が、世界的に仕掛けたキャンペーン文句のひとつだったみたいです。


 で、先日行われた第79回アカデミー賞では、レオナルド・ディカプリオさんが主演したディパーテッドが作品賞を受賞しました。なのですが、ディカプリオさんはこのブラッド・ダイヤモンドで主演男優賞にノミネートされていたのです。当時はそのことに不自然さを感じていたのですが、この映画のディカプリオさんのほうが明らかにいい演技をしていました。それに、ディパーデッドではジャック・ニコルソンさんにほとんど存在感を奪われていたもんな〜(おいおい)。

彼は、アフリカの大地で生まれた元傭兵の男でダイヤの密輸業者を生業とする役どころなのですが、裏組織を生き抜く悪が滲み出たハードボイルドな主人公として熱演していました。難しい役どころだったので、多少表現し切れていない部分もありましたが、この演技で主演男優賞を取れなかったのは、彼がアカデミー会員からかなり嫌われているせいなのかもしれません。


 物語は、シエラレオネで漁師をしているソロモン(ジャイモン・フンスー)は反政府軍のRUFに襲われ家族と引き離されてしまった。家族は難民として漂流生活をすることになるが、彼はRUFに連行されダイヤモンド採掘をする強制労働者にされてしまう。そこで働く彼は200カラットに相当するピンクダイアモンドを見つけるが、それを誰にも分からないところへと隠してしまう。

一方、大粒のピンクのダイヤが発掘された噂を聞きつけた密輸業者のダニー(レオナルド・ディカプリオ)はソロモンに近づき、難民になってしまった家族を探し出すことを条件にピンクダイヤの手に入れようともくろむ。そして、ダイヤの不正取引の取材でアフリカに来ていたマディー(ジェニファー・コネリー)は目星を付けていたダニーへと近づく。

ダニーはソロモンの家族を探すためにマディーのジャーナリストとして特権を利用することを思い付く。それぞれの思惑が絡む男女3人の物語が始まる。そして…。


 ブラッド・ダイヤモンドという題名なのに、物語はピンク色のダイヤをめぐり繰り広げられるのです。なのですが、物語の舞台となる1999年シエラレオネと呼ばれるアフリカの大地では、何千人もの住民が無残に殺される血塗られた物語なのです。

この映画では、ダイヤモンド鉱山の利権を奪い合う内戦により、民間人たちが意味もなく殺されたり、難民としての生活を余儀なくされたり、銃も満足に持てないような子供たちがゲリラ兵として洗脳されていく事実などが生々しく画かれるのです。そして、それを利用して生きていく者、その事実を世間に知らしめようとする者、家族との生活を取り戻そうとする者たちなどの生き様が画かれています。

さらに、この映画ではそれを裏で操る資源メジャーの陰謀まで暴かれます。ダイアモンド企業の真相へと迫る作品として、今までにもルパン三世やパタリロなどの作品がありました(何で?例えがアニメ作品になってしまったのだろう??)。それらの作品に関しては具体的な企業まで明かしませんでしたが、今回はセシル・ローズが設立した上記の企業体質に対して問題提起した作品となっていました(かなりぼやかして表現していますけどね…)。


 最近は、ホテル・ルワンダナイロビの蜂、ダーウィンの悪夢など、先進国がアフリカに対して行ってきた仕打ちなど、隠された事実を映画化している作品が多くなってきました。映画として多少脚色されている部分もあると思われますが、いまだにこんなことが行われている事実に驚かされるのです。


 ということで、これほどの内容で貴金属に対するイメージを一変させる作品はないと思われるので、女性からジュエリーをねだられてる男性は、一緒にこの映画を観に行けばいいんじゃ…?(笑えない)


ブラッド・ダイヤモンド (期間限定版)
ブラッド・ダイヤモンド (期間限定版)

2007年04月08日

DEATH NOTE デスノート the Last name

 ということで、前作が公開から4ヶ月も経たない異例に短いスパンで日本テレビ系列の金曜ロードショーで放送された時は24.5%の高視聴率となり、その追い風を受けたため2006年11月3日に公開された後編は興行収入も50億円を超え、前編の倍近くの成績を残したそうです。

映画公開後、半年ほどでDVD化、一年経ってからテレビ放映をするという業界内の暗黙のルールを破ったということで、フジテレビの映画事業局長が日本テレビにクレームを付けていたというニュースも流れていましたが、友人はお金を払って映画館で観る価値がなくなったと怒っていました。


 物語は、犯罪者を粛清するキラの正体である夜神月は父のコネを使い、インターポールより警視庁に送り込まれたLのキラ対策本部の捜査班へと潜入していた。月の理想郷を邪魔するL達の捜査の進み具合と彼の正体を調べることは最優先事項だった。だが、そこへ第二のキラと名乗る者がテレビ局を通じてキラとの接触を試みてきた。さくらテレビの独占番組でキラ反対論者が次々と殺され2冊目のデスノートが存在することと、相手の名前を知らなくても人を殺す能力を持ち合わせていることを知る。しかし、第二のキラはあまりに衝動的で無計画な行動を起こす人物だった。Lから不審を抱かれないように捜査本部を後にする、第二のキラが敵か味方かを調べるために。そして…。


 前作のエンドロールで流れていたレッド・ホット・チリ・ペッパーズさんの主題歌が今回は冒頭に流れてきたので、前回の内容や印象的なシーンを思い起こさせ、気持ちよく始まったオープニングなのでした(やっぱり映画の音楽って大事なんですね〜)。

相変わらず心理描写や心理戦などの葛藤する心の緊迫感を画かないため、原作のストーリーを追っているだけの作品に見えてしまう一面もあるのですが、デスノートの定義と物語のルールを前作で懇切丁寧に説明していたため、前作の遅々とした展開が省かれていたのです。そして物語がスムーズに展開していくところに第二のキラが登場するということで、今回は意外と楽しめました(やっぱり前作は布石のような存在だったのかもしれませんね)。


 原作の漫画では第一部と5年後を画く第二部で編成されていましたが、この映画は第一部の内容だけでストーリーを完結させるのです。でも、第二部の要素も取り入れた凝縮された構成なのです。

原作も第一部で終わらせておけば良かったのに!というファンの方も多かったのですが、それをまさしく実現したような展開になっていました。

なので、原作を知っている人、知らない人の両方に意外と評判がよかったようです(前作と比べればですが…)。そして、ハリウッドでもリメイクの噂が出ていますので、それにも期待なのです(でも、ハリウッドリメイクの噂ってほとんど宣伝にするための材料にするため、ハリウッドから問い合わせが来たことだけでも記事にする場合があるから信用できないんだよね〜)。


 半年後にDVD、そして一年後にテレビ放映の暗黙のルールがあるからこそ劇場で映画を観るという事で、友人が割が合わないと怒っていた理由は分かるのですが、この海賊版映画の状況、DVD化を早くして欲しいレンタル店の事情、視聴率など、映画の話題が風化される前に市場へ映画という媒体を供給しようとする昨今、映画館で観ること価値って何なんだろ?とあらためて考えさせられた作品になってしまいました(ちなみに以前はこんな風に考えていました)。


 そういえば、デスノートを使った人間が死ぬと天国にも地獄にも行けず、無になるという設定があるのですが、デスノートで人を殺した人間は、死神になるという設定が一番リアルじゃないかな?と思ったaliasなのでした。



DEATH NOTE デスノート the Last name
DEATH NOTE デスノート the Last name



で、そんなこんながありまして、続きを読む?

2007年03月08日

UDON

 お仕事帰りで少しお腹が減っていたので、讃岐うどんをテーマにしたこの映画に惹かれてしまい、ついついレンタルしてしまったaliasなのです。

讃岐をテーマにした映画なので香川県では異例のヒットをしたそうなのですが、県単位で興行成績を集計できるという事実に驚かされた映画なのでした。


 物語は、海外でコメディアンを目指していた松井香助は、夢破れ借金もかさみ実家へと戻ってきた。うどん屋の息子として生まれた彼は父への反発と共にうどんのことを嫌っていたが、地元のタウン情報誌に就職したことを通じ香川のうどん文化を知る。うどんに関わる人々のやさしさや製麺所の独特な営業体系に触れたことで、やがて彼はタウン情報誌の取材や編集にもたずさわり始める。それが雑誌の売り上げを大きく伸ばし始め、火付け役となり全国へブームが広がった。やがてブームが去り始めたが、父の仕事にあらためて誇りを感じた彼は、父と向き合うことになる。そして…。


 この作品は“踊る大捜査線”シリーズの亀山千広さんと本広克行さんという事で、製作を担ったフジテレビさんがTVで大プッシュしていました。そしてユースケ・サンタマリアさんや“サマータイムマシン・ブルース”の人々など本広監督作品に関わりの深い出演人になっていました。

そして、アナウンサーもたくさん出演しているのですが、うどんブームを作り上げ、そしてあっさり見切っていくというマスコミへの批判のような物も画いていたのです。そのため、あまりにリアルな映像になっていたのですが、このエピソードにテレビ局側がNGを出さなかったことに驚かされました。

でも、映画のときにはあれだけ大々的にテレビで宣伝していたのに、興行成績は13億円といまいち振るわなかったので、DVD発売のときはあっさり見切っていたようです(おいおい)。


 で、炭水化物をテーマにした映画ですから、様々なエピソードを絡めながら、美味しそうな湯気やうどんを作っている人々のリアルさ、お店の雰囲気などが画かれるのですが、それをおいしそうに食べる姿は観ていてお腹がすいてくるような物語だったのです。

うどんをテーマにここまでエンターテイメントな映画にしていることに驚かされましたが、多彩なゲストの出演やトータス松本さんがあの名曲を歌っているシーンなどサービス満点な映画でした。


 なのですが、全編134分にわたるこの映画の後半には、父のうどんの味を再現するためのお話も画かれるのです。泣ける映画にするためには大事な要素なのですが、前半のうどん文化など監督の思い入れなども含め、エピソードが詰め込まれ過ぎているのです。

たとえば、たぬきとかきつねなど、うどんに天ぷらやお揚げをのせても美味しいのですが玉子、ねぎ、お餅、カレーなど様々な食べ方がありますが、この映画はそれをひとつの丼に入れ混ぜてしまったような印象になっているのです

一つひとつのエピソードは楽しめるものとなっていたため、どちらかのストーリーに集約していれば90分ぐらいのまとまった映画になっていたと思われるので、少し残念な作品なのでした。


 ということで、あまりにもうどんを突きつける映画だったので、観ているだけで3日連続でうどんを食べたような気分になってしまい、お米を食べたくなってしまったaliasなのでした(おいおい)。



UDON スタンダード・エディション
UDON スタンダード・エディション

2007年03月01日

WATARIDORI

 この不自然な横文字タイトルの作品は渡り鳥の生態を画いたドキュメント映画なのですが、フランス製作の原題は“LE PEUPLE MIGRATEUR”と、移住する人々という意味の題名だったようです。

なので、日本では何でこんな作品タイトルしたのだろう?思っていたのですが、小林旭さんの代表作“渡り鳥シリーズ”と区別するために、こんなタイトルにしたのかもしれませんね(たぶん違う!)。


ギターを持った渡り鳥
ギターを持った渡り鳥



 36000キロ以上の旅をするキョクアジサシなど100種類以上の鳥たちの姿を収めたこの映画は、空からの映像を撮影するための17人のパイロットや撮影監督、専門家たちなど6チームをも結成し撮影が行われたのです。その結果、約3年にわたり撮影されたフィルムは300時間以上にも及び、20億円もの膨大な制作費となった映画なのでした。


 渡り鳥たちが春の訪れと共に繁殖のために北極を目指すところから物語は始まるのですが、自然や人間などの脅威、外敵などを乗り越えて旅する彼らは、最後には同じ故郷へ帰ってくるということをテーマにして画くのです。

物語にはナレーションもほとんどなく、鳥たちが羽ばたく姿を延々と画面に映し出すだけなのですが、300時間以上のフィルムを人間が意図を持って編集しているため、鳥たちの動きだけでも飽きることなく物語が展開していくのです。

この作品ではあらためて空を飛ぶ鳥の美しさを感じてしまいました。人間と違い空を飛ぶために無駄な脂肪や筋肉もなく、種としてそれぞれの進化を遂げた鳥たちを観ているだけでも楽しめるのです。


 で、CGを一切使用していないと宣伝していたこの映画の映像で驚かされるのが、鳥たちとの密接過ぎるカメラアングルなのです。編隊飛行している鳥たちと一緒に旅しているような気分になるほどの迫力の画像になっているのです。

多くのスタッフや時間、予算を使ったこと、音の静かな軽量航空機などで撮影したこともありますが、物語の主軸となる約40種類1000羽の鳥たちは、卵の頃からスタッフや撮影機材など人間の環境に馴らせた結果、警戒心のない鳥たちとの一体感のある映像になっているのです。

なのですが、人間が介在しているために鳥の不自然な行動やシチュエーションなどが多少あったのです。そして脱落する鳥や親とはぐれる小鳥たちなど厳しい旅は画かれますが、野生としての鳥たちの行動や生々しい自然の掟のようなものは子供でも観られるぐらいの内容に抑えられていました。

そんな映画ですが、スタッフたちの鳥への思いや愛情などが詰め込まれた作品となっていました。


 ということで、普段見ることのできない鳥たちのかわいい仕草などにかなり癒されはしたのですが、物語の途中で、様々な障害を通り抜け長距離を旅する渡り鳥たちが鳥インフルエンザを運んでいるという事実を思い出してしまい、癒され切れなかったaliasなのでした(おいおい)。



WATARIDORI スタンダード・エディション
WATARIDORI スタンダード・エディション


2007年02月22日

バックダンサーズ!

 この映画はアーティストの飾りとしてしか扱われれないバックダンサーたちのお話になるのですが、登場人物のユニットの名前がバックダンサーズだったという設定に一番驚かされたaliasなのでした(安室奈美恵さんにwithしていたスーパーモンキーズさんのような悲しいネーミングなのです)。

で、音楽をテーマにした作品ということで、サウンドトラックはエイベックスさんが出しているのですが、期待の新人などを含め数多くのアーティストさんを便乗させていた映画なのです。


 物語は、未成年でクラブに出入りをしていたよしか(hiro)とミウ(平山あや)は警察に補導されたことが学校にバレてしまい退学になってしまった。やりどころのない気持ちをどこかで発散させたかったが、すでに未成年を入場させてくれるクラブはどこにもなかった。だが、空き地を利用して作られた音楽のかかる場所を見つけ、思う存分踊ることのできた彼女たちは、やがて才能を認められバックダンサーとしてスカウトされる。昔のダンス仲間だったジュリの下で、芽の出ないアイドルの愛子(サエコ)と元キャバクラ嬢のともえ(ソニン)の二人を加えたバックダサーズが結成されることになる。

人気絶頂のジュリだったが結婚を理由に引退発言をしたことで、チームの存在価値がなくなってしまう。とりあえずバックダンサーズでの単独の活動を始めるが、売れない70年代ロックグループの前座としての仕事しかなかった。そんな仕事でもまじめに取り組んでいた彼女たちだったが、ジュリの引退と共に会社との契約もなくなってしまう。それぞれの元にいた場所へ戻ることになった彼女たちだったが、ダンスへの情熱だけは忘れられなかった。そして彼女たちは…。


 aliasはクラブなどに行ってもあまり楽しめない人なので、ダンス系の映画には高い確率で睡眠に誘導されてしまうのです。そんな話を会社の友人にしたところ、ダンス好きな彼女は“ユー・ガット・サーブド”や“センターステージ”という作品をお勧めしてくれたですが、それがレンタル店にはなかったので、おなじダンス系列の新作だったこの作品に何気なく手を伸ばしてみたのです。

そんな優柔不断な選び方のため、予想通りこの映画のダンスはハマらなかったのです(おいおい)。


 対立する相手と挑発しあうように踊りを競い合うシーンなどは結構楽しめたのですが、エイベックスさんが主軸としてターゲットにしている年齢層だけのために作られた内容の映画になっているため、分かりやすくありふれた設定で無理やりな展開するストーリーはこの物語からリアリティーを奪ってゆくのです。そのため、70年代ロックとダンスを融合させようとする試みや、軽薄な笑いと厳しい現実を対比的に画こうとするシーン、感動的なエピソードも見事に空回りしてしまっているのです。


 そんな映画なのですが、解散させられた女の子たちがキャバクラで働いたり、マネージャーと恋に落ちたり、グラビアでヌードモデルをさせられそうになるところなど、ワイドショーでよく見かける落ちぶれゆく芸能人たちの姿までを画くところが生々しいのです。

そして、彼女たちの周りにいる業界人たちを、相手に適当に合わせる姿や時流に乗ろうとする姿、残酷に相手を切り捨てる彼らの姿まで画くのです。試写会やイベント会場、局内などにいる業界人な人々を思い出してみると、こんな会話や光景を舞台の裏側で見かけたのです。そのため、この映画に多数のアーティストを送り出しているエイベックスさんのイメージが悪くなるじゃないか?と心配になるほどの生々しい映像となっているのです。

さらに、この映画に出ていたhiroさんがかつて所属していたSPEEDは、彼女の男性問題で解散となってしまったことで有名なのですが、映画の中で、ボーカルの男性問題のために解散の危機に瀕した仲間たちをhiroさんが励ますという姿まで画くのです。それは彼女に昔の自分と立ち向かわせる難しい役どころをさせ、一皮むけた女優として売り出そうとする事務所側の試みかもしれませんね。


 ということで、この映画を別の意味で楽しめたのです。でもダンスの事はよく分からないのですがバックダンサーズの彼女たちより、本当の意味で彼女たちの後ろで踊っていたバックダンサーたちの踊りのほうがうまかったような気がしているaliasなのでした。



バックダンサーズ! スタンダードエディション
バックダンサーズ! スタンダードエディション

2007年02月18日

DOA/デッド・オア・アライブ

『チャーリーズ・エンジェル』よりセクシーで、『HERO』より過酷な戦い!

 上記のような強気過ぎる広告展開をする(?)この映画の原作は、格闘技のゲームになるのです。当時の最先端のCG技術を駆使して、戦う女性の大きな胸がリアルに揺れることや、豊富なバリエーションのきわどいコスチュームや水着が選べるということを前面に押し出した、男の子達の欲望の塊を二面において満足させるゲームでもあったのです。


DEAD OR ALIVE Xtreme Beach Volleyball
DEAD OR ALIVE Xtreme Beach Volleyball



原作はプレイしたことないので全く知らないのですが、ハリウッドリメイクの “ストリートファイター”の失敗例や、130億円の損失を出し会社を経営不振にまで追い込んだ“ファイナルファンタジー”という映画もあったのに、よくこんな作品を映画化したよな!という印象の映画だったのです(おいおい)。

で、エロかっこいい女性が格闘する映画ということなので、そのルックスで殺すという宣伝文句を掲げている映画ですが、あのケイン・コスギさんも出演しているのです。彼は、忍者映画でハリウッドスターになったショー・コスギさんを父に持つ人なのですが、TBS系列放送の“筋肉番付”以外では見たことがなかったで、彼の実力がどれほどのものなのか?確かめようと思ったaliasなのでした。


 物語は、ある科学者が毎年開催するデッド・オア・アライブの大会には1000万ドルの賞金がかかっていた。あらゆる格闘家が集まるこの大会には素手で戦うことを定めているが、時間と場所を選ばない過酷な大会でもあった。そこに集まるのは、行方不明の兄を探すために北海道の忍者村を去り、抜け忍として追われるかすみ、親から英才教育を受けてきた女子プロレスラーのティナ、女泥棒のクリスティー、大会創始者の娘ヘレナ、かすみを追って刺客として送り込まれたあやねと彼女の身を案じ忍者村よりやってきたハヤブサ。彼らのさまざまな思惑を秘められた大会が始まる。そして…。


 日本の歴史を学んだ人々の大半が思うことなのですが、北海道に忍者なんている訳ないじゃん!というツッコミから始まるのです。で、その忍者屋敷がチャン・イーモウさんの“HERO”で画かれていた秦の始皇帝のような中国的な城になっている映像でも笑撃を受けてしまうのです。

そして、ゲームの中で登場していたキャラクターを実写で表現した結果、そんなやつおらんで!!とツッコミたくなるような髪型や服装の人物が多数登場することに驚かされるのです。

さらに、この作品を観終わった時に感じる、映画のラストシーンを予告編やテレビスポットで流していたという事実にも驚きを禁じえませんでした。


 ということで、設定やストーリーはとんでもないB級映画に仕上がっているのですが、戦闘シーンはワイヤーアクションなどを多用した独特の動きや、ゲームを再現した技のようなものが美しく画かれるのです。そして、意外と出番の多かったケイン・コスギさんの181cmの身長でありながら軽快に動く姿は独創的ではないものの、30歳を超えているとは思えないほどの機敏さでした。

そして、女性の;dミ]祁*o[\a藻や、qlぅ痲%8矧+l(18禁な言葉は文字化けするシステムなのです)が、ぎりぎり見えないよう展開する、別の意味での限界のアクションにはかなりのCG技術と殺陣師、撮影チームの努力が感じられるのです。

シン・シティーのデヴォン青木さんやジェイミー・プレスリーさん、ホリー・ヴァランスさん達がきわどい衣装を着てはいるのですが、日常のシーンよりアクションシーンにエロさを感じさせようとするこの映画は原作へのリスペクトを感じさせる映画なのでした。


 こんな映画なので、予想通りランキングのベスト10にさえ入っていない人気のため、シネコンなどでは1日に2回のみの放映や一番小さいスクリーンで公開するとかの企業努力がされているのです。

なので、この映画を公開している劇場はあまりに人気のなさに、経営状態をデッド・オア・アライブに陥れる作品にしてしまっているんじゃないか?と心配になってしまったaliasなのでした。



DOA/デッド・オア・アライブ デラックス版
DOA/デッド・オア・アライブ デラックス版

2007年02月15日

ドリームガールズ

 第79回アカデミー賞で最多部門にノミネートされたのですが、残念ながら一番大事な作品賞の候補からは外されたのです。これはアカデミー史上、初めての出来事なのです(かわいそうに…)。

映画の原作となるのは1981年に発表された同名作品のブロードウェイ・ミュージカルで、約4年間に渡り1522回公演が行われたほどの作品だったそうです。

で、物語は一応フィクションという形にはなっていますが、1959年に設立された“モータウン”というレコードレーベルで、かつてダイアナ・ロスさんが所属していた“ザ・シュープリームス”(スプリームス)をモデルにして作られたみたいです。そして、落ちぶれてしまった歌手としてジェームス・ブラウンさんをモデルにした人物も出てくるのです。



Motown Legends: My World Is Empty Without You
Motown Legends: My World Is Empty Without You





 ということで、1960〜1970年代にヒットしたモータウン・サウンドと呼ばれるブラックミュージック、ソウルなサウンドで、ショー・ビジネスの裏側を画いたミュージカル映画を観てきたaliasなのでした。


 物語は、リードボーカルのエフィー・ホワイト(ジェニファー・ハドソン)、ディーナ・ジョーンズ(ビヨンセ・ノウルズ)、ローレル・ロビンソン(アニカ・ノニ・ローズ)の3人で結成したドリーメッツは、子供の頃からアマチュアのコンテストに何度も出場していたが、なかなか主催者たちには認められなかった。だが、彼女たちの原石のように輝く才能に目を付けたカーティス・テイラーという野心的なマネジャー(ジェイミー・フォックス)がいた。彼は、実力はあるが女にだらしないため女性歌手から共演を断られてしまうジェイムス・サンダー・アーリー(エディー・マーフィー)の元で、バックコーラスとしてドリーメッツを週400ドルの契約でデビューさせた。

ついに、彼らは地方のヒットチャートにランクされるようになり始めるが、その曲を白人から堂々と盗用される。しかし、黒人差別が残っていた時代では世間の話題にさえならなかった。そのため、カーティスは多量の裏金を捻出し、ラジオDJなどを買収し世間に彼らの存在を認知させようと画策する。

やがて有名になり始めたドリーメッツはザ・ドリームスと改名しメジャーデビューをすることになるが、マネージャーは歌手として才能が秀でたエフィーから、美貌の持ち主だったディーナにメインボーカルを変更する事を決断する。一時的には納得したエフィーだったが、彼女の不満は日ごとにたまり、グループを崩壊させるほどの不協和音を響かせる。そして…。



 まさにアメリカン・ドリームを体現し夢をつかんだ少女達とそれに取り巻く人々をテーマにしているのですが、最初は400ドルの給料に満足していた彼女たちが、成功と共に金を手に入れ高飛車になり、やがて凋落していく姿まで画いているところが生々しいのです。それに今では日本公開の映画ではほとんど見かけないエディー・マーフィーさんが、落ちぶれた歌手を演じているところが現実にリンクしていて、さらに生々しさが強調されるのです(エディー・マーフィーさんのファンに怒られるぞ!)。

映画の主人公は、R&Bの歌手だったレイ・チャールズさんの半生を画く“Ray”という映画で第77回アカデミー主演男優賞を受賞したジェイミー・フォックスさんなのですが、ミュージカルに展開されるこの映画の中ではほとんど存在感もなく、クレジットでは2番目に表示されるビヨンセさんに主役を奪われてしまっているのです。そして、そのビヨンセさんですら、美しいが平凡な歌声な歌手という扱い方をされ、この映画の本当の主演と言っても過言ではない、少し太ったジェニファー・ハドソンさんが美しく心に届くようなソウルな歌声を響き渡らせていました。

ミュージカル映画の定番として、主人公の感情や思いなどを楽曲に昇華させ、一人の人間の内面を切々と歌い上げるイメージがあったのですが、この映画ではゴスペル的な音楽や曲を転調させる事など手法を凝らし、ひとつの曲に様々な人物を登場させ、相反する感情をぶつけ合うというところがすごいのです。そして、元リードボーカル役のジェニファー・ハドソンさんとビヨンセさんが仲間割れをして罵倒しあうシーンには圧巻という言葉しか出てきませんでした。



 aliasとしてはストレートに展開するこの映画にかなり心を震わされたのですが、あまりひねりがないエンターテイメントな作品だったため、アカデミーの選考からもれてしまったのかも知れませんね。

それに、この映画にはアメリカにおいての黒人差別の歴史を前提にされた脚本になっているため、日本人としては分かりにくいシーンやジョークがちりばめられているのです。

でも、黒人として虐げられてきた彼らがアメリカン・ドリームを体現し強者になってしまった後に、今度は彼らが弱い者を虐待してしまうシーンなど、スターとしてのプライドや葛藤など、悲しみとか、憎しみとか、つらさなどの、ショー・ビジネスに関わる人達の生き様や心理描写、そして愛というものを見事に画き切った作品なのでした。



ドリームガールズ スペシャル・コレクターズ・エディション
ドリームガールズ スペシャル・コレクターズ・エディション

で、そんなこんながありまして、続きを読む?
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。