2006年02月09日

ナルニア国物語 第1章 ライオンと魔女

 全7作のシリーズで綴られた、神秘の国ナルニアの誕生から滅亡までの2555年を画いた壮大な物語の第一弾 “ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女”がついに映画に登場なのです。

このシリーズは全世界で8500万部を売り上げる一大ベストセラーで、あの有名な指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)とゲド戦記とあわせて、世界三大ファンタジーと呼ばれています。

ちなみにゲド戦記は今までにアメリカでテレビドラマ化したぐらいなのですが、シリーズ中の“さいはての島へ”というエピソードが、スタジオジブリ制作、宮崎吾郎監督で(宮崎駿さんの長男です)2006年7月に長編アニメとして劇場公開予定されるそうです。



 で、最近ごたごたの多いディズニーが選んだナルニア国物語は、他の映画会社に侵食されて始めたファンタジーの世界を取り戻すために、いろいろな意味でかなり気合が入っているようで、制作費と広告費合わせて320億円をつぎこんでいるそうです。

そして、このシリーズでディズニー側の最大のメリットは、エピソードごとに主人公が変わることなのです(おなじ時もあります)。“ハリー・ポッター”シリーズの年々上がるギャラ交渉のように悩むこともなく安心して予算組みができますし、さらに作者はすでに亡くなっていますのでハリー・ポッターのように原作者から映画の内容についてクレームが付く心配もないのです(おいおい)。

なので、主人公の顔ではなくナルニア国物語というコンテンツを覚えてもらうために、上記のような以上に高い制作費と宣伝費を使い、イギリスでロイヤルプレミアム試写会を行いチャールズ皇太子らを招いたり、TVなどでの多量のCM広告をしているのです。そしてディズニーランドでのアトラクション建設予定もあるので、次の作品が公開される頃には東京でも映画と連動してそのアトラクションが見られるかもしれませんね(千葉でしたよね…)。


 物語の導入部で、衣装ダンスを抜けるとそこは雪一色の異世界だった!という設定には夢があり面白いのですが、日本で作られる物語ではありえない発想ですよね〜。なぜなら日本では部屋の中では靴を履かないからなのです!(例:ドラえもんの“どこでもドア”でのび太君の部屋から世界中にいけるのですが、いつのまにかのび太君が靴を履いているのと同じ矛盾が起こるからなのです)

で物語は、100年もの間、ナルニア国を春の訪れない冬の世界に変えてしまった美しく冷酷な白い魔女から、本来のナルニア国を取り戻す話なのです。ハリー・ポッターでも1作目は人物紹介のために丁寧にゆっくりした展開で物語は作られていたのですが、ナルニア国物語も初回作の導入部の作品なので、同じようにゆったりとした展開です。なので、最新作のハリー・ポッターシリーズの早い展開と見比べると、ちょっと見劣りするのです。そして利点だった主人公が毎回変わるというところも、作品ごとに人物設定を細かく描写しなければならないので、以後の作品もスピーディーな展開にはなりにくいかもしれません。

そして、一番の問題点はディズニーお得意の動物がしゃべるところです。アニメではいつもの事だから見慣れているんだけど、実写という壁は意外と大きいのです。その設定を受け入れることができなかったらこの映画は厳しいかも…。


 不安な情報もたくさん入ってきますが、2005年末に英語圏の国では公開されたときには、248億円もの巨額の制作費を投じて作られたキングコングを抜いて一位だったみたいだし、日本でもそこそこのヒットはするのかもしれませんね(比べるのがキングコングかよ!)。



ナルニア国物語 第1章:ライオンと魔女
ナルニア国物語 第1章:ライオンと魔女




2006年02月05日

悪魔の棲む家

 2003年にリメイクされた“テキサス・チェーンソー”をプロデュースしたマイケル・ベイさんと、脚本家のスコット・コーサーさんが再び手を組み、1979年公開の“悪魔の棲む家”をリメイクしました。

マイケル・ベイさんといえば、もともとCM制作を手掛けていた監督でしたが、1995年に“バッドボーイズ”の監督に抜擢され“ザ・ロック”、“アルマゲドン”と立て続けに大ヒット作品を作り出しました。次に、ある意味で反響を呼んだ“パール・ハーバー”を興行的に成功させてからは、“バッドボーイズ2バッド”やリメイク作品など、ある程度興行成績が計算できる作品を選んだり、プロデューサー業も行うようになりました。そして長年一緒にやってきたジェリー・ブラッカイマーさんと分かれ独自路線を進むようになり、2005年には初めてワーナー・ブラザーズ映画と組んで“アイランド”を発表した頃から、だんだんおかしくなってきました。

アイランドはかなりの制作費をつぎ込んで作られた作品だったのですが、期待に反して大コケしてしまい、さらに盗作疑惑があがるという散々な目にあい、ついに2006年秋公開する、お子様向けアニメ“戦え!超ロボット生命体トランスフォーマー”(コンボイとか、車がロボットに変形する海外アニメです)の実写化の監督に起用されたそうです。これから彼は、いったいどこに行くのでしょうか?(アイランドを失敗させたので、ワーナーからは見捨てられちゃったのかな?)


 で、今度は悪魔の棲む家でまたリメイク作品を作っちゃたのか〜と思い、特に興味もなかったのですが、主演を見るとライアン・レイノルズさんなのです。彼のことは“ふたりの男とひとりの女”という作品で知りました。ジム・キャリーさんの主演作で同名作の映画がありますが、それとは別の作品となり、日本では衛星放送などで流れているFOXチャンネルで放送していた海外コメディードラマなのです(シットコムと呼ばれる部門です)。かれの軽薄な演技や、芸達者なところが好きだったのですが、その作品以外では日本ではほとんど見かけなかったのです(たまに映画でちょい役をするぐらいなのですが、けっこういい男なのです)。久しぶりに見かけたら映画で主演をしているじゃないですか〜!うれしくなって観てみました。


 で、ここからが映画の本題です(いまごろかよ!)。

この物語はBased on the true storyと前書きがある、事実に基づいた28日間の恐怖体験を画いたホラー映画なのです。再婚をしたばかり夫婦と子供の家族5人が、過去に一家殺人事件があった格安の家を新居として選んでしまうのです。入居した日から、通気口から変な声が聞こえてきたり、悪夢を見たり、不自然なことがすこしづつ起こり始め、一人しかいないはずの部屋で子供が誰かと話しているような声が聞こえてきたりするのです。日を追うごとに奇妙な現象が増え、危険度も増していき、そして…


 冒頭からけっこう引き付けられる演出でした。人を殺しまくる下品なホラーではなく、ほとんど屋内だけで展開する物語なので、人の心を追い詰めていくJホラー(日本のホラーの事です)をお手本にしたようなこまやかな演出と、ハリウッド的な派手な演出が見事に融合されていてるところが好印象でした。限定された空間で少しずつおかしくなっていく家族の関係を、主役の大人たちだけでなく3人の子役達が見事に演じていたことも飽きさせない要因の一つでした(子役の子達は注目株かも?)。

映画が始まって10分ぐらいのところで、不動産屋さんが悪魔の棲む家を案内するシーンがあるのですが、かつて殺人があったことを隠さず伝えているところに、不動産業者の誠意とこれから始まる物語の恐怖への序章を感じました。(それともアメリカでは告知義務があるのかな?)。


 やっぱり、家を探している時にやたら安い物件があったら、過去に殺人事件などが起こったいわくつきの家だったり、耐震構造に問題がある家なのかもしれませんね(笑えない)。



悪魔の棲む家2005〈特別編〉
悪魔の棲む家2005〈特別編〉

2006年02月02日

姑獲鳥の夏

 姑獲鳥って、こんな漢字なんて辞書に登録されていないから、どうやってネットで調べようか?困っていたら“うぶめのなつ”とひらがなで映画の検索したら、当たり前のように引っかかってきました。


京極夏彦さんの作品は“嗤う伊右衛門”や“巷説百物語”などさまざまな作品が映像化されましたが、ついに一番人気の高く、デビュー作でもある京極堂シリーズが映画化なのです。

彼の作品を読んだことの無い方は妖怪小説や妖怪研究家として、“リング”などのホラー小説と同じ分類と思っている人が多いのですが、彼の取り扱う妖怪とは、昔は説明のできない現象を架空の生き物である妖怪の仕業として記号化していたので、妖怪には人間の歴史や謎が隠されていると言うスタンスで、さらに人の心の闇を妖怪とたとえ、その憑き物落としすることによって「この世には、不思議なことなど何もないのだよ、関口君」と言い放ち、事件を解決するという理にかなった本格ミステリー小説なのです。

 で、小説自体が600ページを超える弁当箱のような本なのに、原作を忠実に再現しようとしたため、主人公役の堤真一さんがずっと台本を読み上げているような、ラジオドラマみたいな映像になってしまいました。本来小説では、さまざまな文献などを通して、妖怪というものにおどろおどろしさやリアリティーをだし、それを理で解き明かされるところが醍醐味なのですが、2時間ほどの映画では妖怪にリアリティーや重厚さを出せなかったために、ストーリー全体を見るとえらい薄っぺらいオチの物語だな!という印象も受けてしまいました。

田辺誠一さんがドラマ主演した巷説百物語は短編の作品だったので世界観をうまく表現できていたのですが、長編作品であるこの作品は映画という媒体には向かなかったようです。昭和20年代の戦後の混乱がまだ残っていた頃を時代背景にして、全体的に異世界に呼び込まれたような不思議な映像空間を作り出しているのですが、上映時間の半分を問題提起に使い、残り半分を謎解きに使われたら、ちょっと飽きてしまいました。

次回作品を作るとしたら、コナン君や土曜ワイド劇場のように時間配分をうまく考えて欲しいです
(次回作はあるのか?)。



姑獲鳥の夏 プレミアム・エディション
姑獲鳥の夏 プレミアム・エディション

2006年01月29日

スケルトン・キー

 2005年にアメリカでは公開されたのですが、日本では映画公開されないままDVDとなってしまった悲しき作品のひとつなのです。


 主人公はホスピス・ケアと呼ばれる末期患者の介護をする看護士で、忙しい毎日に流され、実家に帰った頃にはもう父親にこの世を去っていたという悲しい経歴を持つ女性。はじめは病院に勤めていたが毎日のように人が亡くなっていくなか、死んだとたんに死体をゴミのように扱う病院側の対応に納得ができず自宅介護をすることを決める。そしてルイジアナ州の豪華で大きな屋敷に住み込みで働くことになるが、そこには老人夫婦が二人だけで住んでいるため、すっかりさびれてしまい屋敷の半分以上の部屋が使われていない。婦人から全室を開けることができるスケルトン・キーを渡され、しゃべることも体を動かすこともできない老人の介護をしながらの生活をはじめるが、なぜかどこの部屋にも鏡が無い。そして屋根裏では不自然な音がするので確かめに行くが、なぜかその部屋だけはカギを使うことができない。不自然なことが少しずつ増えていくなか、薄気味悪くなり家を出て行こうとするが、話すことができない老人から、助けて!というサインが彼女に送られてくる。その老人に死に目に会えなかった自分の父親の事を重ね合わせてしまい、家を出て行きづらくなる。どうやら彼は介護に関して助けを求めているのではなく、婦人のことを恐れている。そしてこの家には大きな秘密が…。


 古いミステリー小説のような物語の設定でしたが、aliasは楽しめました。オチが納得できない人や、こんなパターンの映画なんて古くからあるパターンだ!と言う人も多いのですが、アメリカ南部の黒人差別の歴史や閉鎖的な環境、ブードゥー教などをからめて、少しずつ人を追い詰めていく脚本には好印象でした。

でも、M・ナイト・シャマラン監督の“シックスセンス”ほど驚かせるものも無く、有名な俳優も出演していないためなのか?B級映画っぽくなったため、映画館では公開されなかったのかもしれません。



スケルトン・キー
スケルトン・キー




2006年01月26日

B型の彼氏

 予備知識をまったく入れずに観に行った映画だったのですが、まさか本当に血液型をテーマにした映画だったとは…。

日本でも、2004年には血液型による性格判断の番組が高視聴率を取っていたのですが、数ヶ月ほど遅れて韓国でも同じような現象が起こっていたそうです。

しょせん4種類のバリエーションしかない性格判断ですから、番組内容も同じような事の繰り返しになってしまうことで飽きられてしまった要因もありますが、血液型により学校でのいじめ問題が発生し、テレビ局などに対してクレームが多発したので、日本では3ヶ月ほどでブームは去っていきました
(いまだに放送しているのは、小倉智昭さんの“とくダネ!”の血液型選手権ぐらいでしょうか?)。

それに対して韓国でこの映画は2005年の2月ごろに公開されたそうですが、150万人ほどの集客して、主演のイ・ドンゴンさん、ハン・ジヘさんは本作で韓国の2005年大鐘賞という新人賞にノミネートされたぐらいだから、血液型の性格判断の流行はけっこう長く続いていたのかもしれません。


 特に日本ではブームになるような目新しいものが出てくると、必ずその時流に便乗してドラマや映画、小説などが作られますが(例:ポケベル、メール、2ちゃんねる)、物語の中でのそのアイテムの必然性や取り扱い方によって話のリアリティーは変わってきます。

で、今回は血液型の性格判断について、どれほど説得力のある説明をするのか?ということに注目して観ていたのですが、

血液はホルモンなどの体を調整する物質を体中に巡りながら運び、遺伝子伝達物質とも深い係わり合いがあるので性格や行動に影響する

と30秒ほどで、さらっと説明は終わりました(その後、根拠については一切触れられませんでした)。

スティーヴン・スピルバーグ監督の の “ジュラシック・パーク”では、恐竜を現代に復活させるためにDNAから再生したと設定されていましたが、その古代生物のDNAをどうやって手に入れたのか?という理由を観客が納得できるようにリアリティーのある説明がされていました(恐竜の血液を吸った虫が琥珀に閉じ込められ、その虫から恐竜のDNAを採取する設定になっていました)。

そこまでの解説は求めませんが、せめて“発掘!あるある大辞典2”ぐらいの説得力はないと…。


 物語はB型の自由奔放さ、気まぐれさに、散々悩まされてしまう真面目なA型の女性なのですが、いつしかB型男性の本来の魅力に気付き、愛は血液型を超えて結ばれるのか?って、定番型の恋愛映画なのです。エピソードの中に、二人で一緒に見ていた映画に彼が途中で飽きてしまい、相手のことも考えず勝手に席を立ってしまうB型の身勝手さを強調するためのシーンがあったのですが、aliasもこの映画を観ている途中に、映画館を出て行こうかな〜?と思いました(おいおい)。



B型の彼氏 スタンダード・エディション
B型の彼氏 スタンダード・エディション

2006年01月22日

フライトプラン

 最大かつ最新鋭の旅客機が上空1万メートルを飛行中におこった密室での誘拐事件のお話です。

今回、航空設計士の役をこなしたジョディー・フォスターさんは、最近ぱっとしないのですが(例:パニック・ルーム)、“羊たちの沈黙”を観て以来、彼女出演する作品は観逃すわけにはいかないのです(?) …とか言いながら、本当は見落としていた作品でした(笑)。

でも先日、 leavesさんにお薦めのコメントを頂いたので観てみました。


 突然の夫の自殺で打ちのめされていた彼女は、娘を連れて遺体と共にドイツから故郷のニューヨークへ向かうが、たまたま自分が設計した旅客機に乗りあわせる。彼が亡くなって以来ほとんど休んでいなかった彼女は飛行機に乗ったことで安心をしてしまい眠りの中に…。

次に起きたとき、娘の姿が消えている。客席中を捜したのに見つからない。さらに客室乗務員の手を借り探してみても見つからない。そして荷物倉庫の中に娘がいる可能性もあるので機長に許可を求めるのですが、地上と連絡を取っていた客室乗務員から旅客名簿に娘の名前はない!と報告される。詳しく調べてみると出国手続きもされていない、そして病院からは亡くなった夫ともに娘は死んだと報告される。何かの間違いだと彼女は訴えるが、誰も彼女の事は信じてくれない。それどころか狂人扱いされ監視下の元におかれるが、機体のことを知り尽くした彼女はこの場を抜け出し、娘を救い出そうと試み行動をはじめる…。


 客室乗務員協会(AFA)が映画のボイコットを呼びかけた。

とニュースになるほど、客室乗務員を無能扱いしている映画だ!と聞いていたのですが、この映画のストーリー展開ではそんなことは気にならないのです。そんなことより、たった一人の人間が銃どころか武器のひとつもなく飛行機内をここまでパニックに落としえることが怖いのです(あんなに大きな鉄の塊が空を飛ぶことが信じられない人と、テロリストには観て欲しくない映画なのです)。

映画自体は秀作と言った感じなのですが、ストーリーの矛盾点が多少気になってしまうかも?

aliasが気になることは、やっぱり機長には最後に出て行ってもらわないと!(例:タイタニック)



フライトプラン
フライトプラン

2006年01月19日

レジェンド・オブ・ゾロ

 前作の“マスク・オブ・ゾロ”は、アントニオ・バンデラスさんの男性としての魅力を輝かせるために作られたような映画でしたが、そこには無名に近いキャサリン・ゼタ=ジョーンズさんが共演し、ハリウッドデビュー作品として彼女の知名度を上げた映画でもありました。
それから8年のあいだに、キャサリン・ゼタ=ジョーンズさんは数々の映画に出演して輝きを増してゆき、正統派な役柄だけでなく、ビッチな役柄させたら彼女ほどうまい女性はいないのではないか?と思わされるほどの女優になりました(例:シカゴ)。

それに対して、前作の映画が上映された頃が人気のピークだったアントニオ・バンデラスさんには
8年前のオーラは無くなり、映画の中でもゾロの栄光にしがみついているような役どころになっている(させられている?)のが、さらに寂しさを感じさせていました。


 前作はカリフォルニアがまだスペインの統治下にあった頃、圧政を強いていた総督に対して、
老いを隠せない初代ゾロ(アンソニー・ホプキンス)と、その娘(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)、
二代目ゾロ(アントニオ・バンデラス)が立ち向かう物語だったのですが、
この映画はそれから10年の月日が流れ、1890年カリフォルニアが自由と平和を求め、アメリカの31番目の州になろうとしていた時代の話です。

あのスペインからの支配からようやく抜け出すために、カリフォルニア全土では住民による投票が行われていたのです。でも、そんな願いを打ち砕くかのように妨害されるのですが、そこに現われた二代目ゾロがズバッと解決してくれるのです。
そんなゾロも結婚して子供がいる生活を始めていたのですが、争いごとに巻き込まれないように、自分の正体は妻(初代ゾロの娘)以外には誰にも教えていなかったのです。投票が無事に終了したら引退する約束を妻としていたのですが、各地の手続きがが終わるのにはまだ3ヶ月はかかるので、それまでは現役でいさせてくれと言ったのですが、数日後、離婚届が彼のもとへ…。


 驚いたのが二人の間にできた子供役アドリアン・アロンソ君です。器械体操でも習ってたんじゃないのか?と思わせるほど彼は殺陣がうまく、かなり派手に暴れまわるのです。かわいい顔もしていますし、まだ10歳なのでいまのところは注目株かも?(でも十代の顔の変化は激しいですからね)

全体的にうまくまとめられ、R指定がかかるようなグロイシーンもないし、バンデラスさんも“スパイキッズ”などのファミリー映画の実績もあるんだから、アクション映画としての宣伝展開をするのではなく、家族そろって観られる子供向け映画として、正月くらいに興行すればよかったのに…
(スパイキッズの最終作が大コケしたせいかも?)。



レジェンド・オブ・ゾロ コレクターズ・エディション
レジェンド・オブ・ゾロ コレクターズ・エディション

2006年01月13日

ナショナル・トレジャー

 歴史学者を演じるニコラス・ケイジが、何度も歴史の表舞台に出ては、闇へ消えていったテンプル騎士団の秘宝を探す物語なのですが、

100ドル札に中に謎が隠されていたり、紙にレモンをかけて熱を加えると文字があぶりだしのようにでてきたり、ペットボトルを虫眼鏡のように使ったりするので、

小学生の実験かよ!(または、学研と科学のおまけ)

と、ツッコミたくなるような手法で、謎が解き明かされる物語なのです。

スピード感あるアクション展開や、ロールプレイングゲームのように次々の謎が出されていく脚本には意外と好印象。主役がニコラス・ケイジでなければもっとヒットしてたんじゃないのかな?(おいおい)


そして、最初は世界中を旅して秘宝の手がかりを探す物語かと思っていたのですが、
すべてアメリカ国内に隠されているというお手軽な展開で、重要なアイテムとしてアメリカの独立宣言書をキーワードにしているので、アメリカの歴史を学べるというおまけ付きなのです。


 で、思ったことは、アメリカ横断ウルトラクイズを観ているようでした。

グロテスクなシーンもないし、血も一滴だけしか流れないので、ずいぶん健全な映画だな!
と思いながら検索してみると、ディズニー製作だったので納得!


派手さはないのですが、誰もが悪印象を持たない秀作!といった感じなのです。



ナショナル・トレジャー 特別版
ナショナル・トレジャー 特別版

2006年01月08日

フォーン・ブース

近くで鳴った公衆電話に出ると、なぜか相手はあなたの事を全部知っている。

妻をだまして浮気していた女性の事も、いままで人を騙しながら続けてきた仕事の話も。

うす気味の悪い電話から逃げ出そうとするが、相手は見えないところからあなたを銃で狙っている。

その証拠に目の前で人が一人殺され、もしこの電話を切れば銃で同じように殺すと脅される。

時間が過ぎていくごとに、殺人事件を聞きつけた何台もの警察車両が駆けつけ、そしてその情報を聞きつけた各局のカメラが駆けつけ、全国に同時中継され始める。

テレビ中継を見て心配した奥さん、浮気相手もその場に駆けつけるが、銃で脅されているために、本当の事は誰にもいえない。

時間が経つごとに大きくなっていく、この修羅場を彼はどうやって切り抜けるのだろうか?


といった、一ネタ勝負での81分の短い映画です。

愉快犯の冷酷でいて子供じみた、人の運命をもてあそぶセリフが印象的な映画でした。



フォーン・ブース
フォーン・ブース

2006年01月05日

パッチギ!

 パッチギとはいわゆる頭突きの事で(大阪では“ワレ、パチキをかますぞ!”とも言うのです)、格闘技でもけっこう禁止している団体が多いほど、危険な技です(一撃必殺なのです)。

井筒和幸さんは“ガキ帝国”の頃から変わらず、生々しいっていうか、泥臭いケンカのシーンを撮りますね〜。こんなアクションシーンはハリウッド映画には見当たらないし、アジアのカンフー系にもないし、日本でもこんなのを撮ることができるのは、井筒監督か、長淵剛さんぐらいしかいないんじゃないかな?無形文化財として国で保護して欲しいものです(それとも有形?)。


 物語は1968年の在日朝鮮人と日本人との深い溝がテーマになっています。当時の学生運動やフォークなどを含め、その時代を生きてきた監督の目線で画いているのですが、古い映画でも見てるんじゃないか?と思わせるほど、出てくる街並みが見事に昭和の時代になっています。最近では“ALWAYS 三丁目の夕日”が東京全体をほとんどCGだけで作り上げていましたが、井筒監督はどうしていたんでしょう?そんな話は調べても出てこなかったので、いまだに昭和なところを探し出しロケをしたのかもしれません。

探してきたと言えば、出てくる登場人物が西暦2000年代の顔をした人が全然いませんでした。これもその時代に合わせた役者をCGで画いたんじゃないのか?と思わせるほどです。ちゃんと言う事を聞く無名の新人役者ばかりを使った理由が、そのへんにあるのかもしれませんね(沢尻エリカさんはかわいいけど、気が強そうです)。

そして物語は、けんかや恋愛を通して、互いの文化の違いを乗り越えようとするのですが、どうしても超えられない民族の壁があるのです。そして主人公は…。

2005年は国交を正常化した40年目にあたるので“日韓友情年”だったそうですが、広報大使のチェ・ジウさんが式典には一度も出席しないような表向きの体裁を整えるより、こんな歴史があり両民族はいがみ合っていた過去を、ちゃんと認識させた方が、よほど有効だったと思います。


 監督が実体験を通して生きてきた時代を振り返るような作品だったので、メッセージ性が強く出ている映画だったのですが、あの目まぐるしい変化をしてきた時代に青春時代を過ごした人間として残しておきたいものや、伝えたいものがあったからかもしれません。

こんなことをいうと説教くさい映画なのか?と思われるかもしれませんが、ラストに向けて複数のエピソードが怒涛のようになだれ込んでくる展開には、圧倒されました。


こんな作品を撮れるなら、他人の映画をボロクソに言っても、かまへんわ!



パッチギ ! スタンダード・エディション
パッチギ ! スタンダード・エディション

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