2006年03月12日

シリアナ

 世界でもっとも恐ろしいタブー、解禁。と宣伝していますが、シリアナの意味を知らない中東情勢についての知識が無いような人では、もっとも恐ろしいタブーが何なのか?解らない映画なのです。

ちなみにこの映画を観るまでは、それが何のことやら?解らなかったaliasなのです(おいおい)。

シリアナとは、CIAが実際に使っていたと言われる、イラン、イラク、シリアの三国がひとつの国家になるという事態を想定した架空の国のコードネームだそうです。


 最近のハリウッド映画は、ブッシュが再選したことで民衆が政治への関心が薄れることを危惧しているためなのか、こういった政治を取り扱った映画が多いですね。第78回アカデミー賞でこの作品もノミネートされましたが、ユダヤ系社会から不満が出ているミュンヘン。同性愛問題や人種差別などアメリカ内包されるさまざまな問題を画いた、“ブロークバック・マウンテン”、クラッシュなどの多くの問題作がノミネートされたため、異例の厳戒態勢で授賞式が行われたそうです。


 で物語は、原油産出国であるアラブで、民主的な政治思想を持った兄の王子と、権力に固執している弟の王子、二人の後継ぎ争いを巡りさまざまな人間が暗躍する。兄はエネルギー事情に詳しい専門家をたよりアメリカから不当な支配を抜け出そうするが、アメリカ側は石油会社の陰謀、企業弁護士による利権工作、CIAによる暗殺計画などアメリカ政財界の全てを使って、弟王子での傀儡政権を作ろうとする。そして…。


 この映画は表舞台に出てこない人間が権力を握っていることや、イスラム原理主義のテロがどのようにして遂行されているのかなど、権力におぼれるもの、権力に振り回されるもの、世界の裏で糸を引いているものなどがドラマチックに画かれていました。

ジョージ・クルーニーさんはこの映画でアカデミー賞の助演男優賞を受賞しましたが、主役だった彼が助演でノミネートされたことに、アカデミー賞側の陰謀を感じます(おいおい)。



シリアナ
シリアナ


2006年03月09日

イーオン・フラックス

 シャーリーズ・セロンさん主演でアメコミを映画化した作品なのです。

この映画では、彼女の美しさと知名度を利用して、“イー女キャンペーン!!”というダジャレな企画をやっていました。内容は、目指すは彼女のように美しく、たくましく!光り輝く女性!ということで、彼女をCMに起用しているLUXのボディーソープのプレゼント、ヘアサロンやネイルサロン、香水、スポーツジム、たかの友梨ビューティクリニックなどの美に関するクーポン券、そしてグルメやホテルオークラの宿泊プランなど美にあまり関係していないクーポン券まで、幅広くそろっていました。


 で物語は、2011年ウイルスにより人類の99%が死滅したが、科学者トレバー・グッドチャイルドが治療法を解明した。生き残った50万人は地球最後の都市ブレーニャに移住し、その後グッドチャイルドによる支配が400年続いた。

そして2415年、ウイルスに汚染から守られた都市ブレーニャで代々続くトレバー八世による政治体制により、病気や飢え、戦争も無い生活を市民は送っていたが、反政府組織モニカンは政府が何かを隠していることに気付いていた。モニカンに属していたイーオン・フラックス(シャーリーズ・セロン)は政府の監視施設を破壊するが、妹が組織の人間と間違われ殺されてしまう。そして…。


 この作品は“マトリックス”のような雰囲気を出しつつも、話の展開はそれほど深いものでもなく、設定も物語の結末も悲観的な未来像を画くSFによくありがちな作品となっていました。そして難解に見せかけるような映像の雰囲気を見せつつ、その設定に対して何の解決も示さない映画なのでした(それとも、深い意味合いがあったのにaliasが読み取れなかっただけかも?)。

なのですが、大事なポイントはシャーリーズ・セロンさんの美しさが際立っていたことなのです。CGなどを使って映画の世界観を幻想的に美しく見せようとするシーンなども多数あるのですが、彼女の177cmもある身長と長い手足を駆使した美しい立ち振る舞いには勝てないというのが結論なのです。タイトな服装や戦う姿など、彼女の魅力を堪能したい人にはお勧めの映画なのです。


 でも女性キャラクターを主役で取り扱ったアメコミの作品は、海外でも日本でもなぜかヒットしなかったり、駄作と呼ばれるケースが多いですよね〜(例:ハル・ベリーさんの“キャットウーマン”、ジェニファー・ガーナーさんの“エレクトラ”)。

アニメの女性に現実の女性が勝てないということは、日本のオタク文化である萌えの精神が海外でも浸透してきたということでしょうか?(たぶん違う!)



イーオン・フラックス スタンダード・エディション
イーオン・フラックス スタンダード・エディション

2006年03月05日

ミュンヘン

 予告編を見ていたら、かなり古く見える映像とあまり見かけないような役者ばかりなので、ずいぶん地味な映画だな〜。どうせトリノオリンピック人気に当てこんだ作品だろうと思っていたら、

1994年“シンドラーのリスト”、1998年“プライベート・ライアン”に続くスティーヴン・スピルバーグの衝撃の最新作、第78回アカデミー賞主要5部門ノミネート

だそうです。宣伝文句に負けて観てきました。


 物語は冒頭で、この映画は史実に基づいた物語であるとの前書きから始まります。

1972年9月5日のミュンヘンオリンピック開催中のさなか、パレスチナゲリラ“ブラック・セッテンバー”(黒い九月)によるイスラエル選手団への襲撃事件が起こった。全世界へと中継されたこの事件の結末は人質となった選手団11名の全員死亡。これに対してイスラエル秘密情報機関である“モサド”が出した答えは、逃げた実行犯の11名への報復。

そして暗殺者として選ばれたのは軍の経験はあるが戦場に出た事や人を殺したことも無く、そして身重の妻がいるアブナー。5名の暗殺チームに抜擢された彼は祖国のためにリーダーを引き受ける。そして彼らは身元を隠すために家族と国家からは消えてしまった存在の人間となる。

はじめは、暗殺という重大な任務を引き受けたにもかかわらず、暗殺者の末路についてのジョークがでるようなまだ人間的な部分を持ちつづけるチームで、彼らは一般人は傷つけないを誓っていた。

情報を多額の金額で集め、スタイリッシュに暗殺は実行されていったが、回数を重ねるごとに大きくなっていく人を殺すことへの罪悪感、暗殺遂行中にどうしても一般人に被害を及ぼしてしまう現状、少しずつ曖昧になる人間としての境界線。

そして暗殺計画が進んでいくたびに、今度は自分が相手から調べられ殺しの標的となり追い詰められていく。はじめはジョークで話していた暗殺者の末路の話がだんだん現実となり、そして壊れて分からなくなっていく自分の中の人間性。そして…。


 物語は史実を元にしていますが、ラストシーンの演出仕方や、設定に多少の脚色などが施されているため右派、左派の両方から非難される作品となってしまいました。この作品は問題提起をしたドキュメンタリー的な作品になっていますが、NHKで放送していたプロジェクトXように、シンプルに暗殺者の緻密な計画や心を画いたエンターテイメント作品となっています(不謹慎な言い方をしていますが、素直に思った感想です)。2時間44分にもわたる物語だったのに、飽きることなく鮮烈なイメージを残してこの映画は終わっていきました。


 今までに数多くのエンターテイメント作品を作り上げてきたスピルバーグさんの映画は、シンドラーのリストやプライベート・ライアンといった事実を元にした難解な衝撃作もありましたが、最近は“激突!”や“JAWS/ジョーズ”の頃の初期作品のように年々シンプルで分かりやすい作品を作り出してきているように思えます(例:宇宙戦争)。年老いてしまった老人が子供ような精神状態に戻るように、監督も初期の作品へと原点回帰してきているのでしょうか?



ミュンヘン スペシャル・エディション
ミュンヘン スペシャル・エディション

2006年03月02日

力道山

 この映画は戦後の日本が経済的に立ち直る頃に大活躍したプロレスラー力道山さんのお話です。
力道山さんと言われても(若い世代で“りきどうざん”と読める人はどれくらいいるんだろ?)、aliasが生まれた頃にはすでに亡くなっていたし、その弟子だったアントニオ猪木さんやジャイアント馬場さんはまだ現役でしたが、すでにピークの頃を過ぎていたのです。

その力道山さんがはじめて日本にプロレスを持ち込み日本プロレスという団体を旗揚げしましたが、
その後、猪木さんの新日本プロレス、馬場さんの全日本プロレスの二大勢力に人気を奪われ、
1990年代には前田明さんなどの影響で、10種類以上のプロレス団体に分裂してしまいました。

そのプロレスもいまや“K−1”や“プライド”などの総合格闘技系に人気が奪われてしまい、プロレスラーの名前どころか、団体名すら知らない人の方が多くなってしまいましたが、いまだに力道山さんは韓国の人やプロレスファンからは名前が出てくるヒーロなようです。


 格闘技界では、アンディー・フグさんの踵おとしや、グレイシー柔術のタックルや馬乗りのように、世間が知らない技や見た事もないような必殺技に魅せられファンになる人が多いのですが、力道山さんにも“空手チョップ”という斬新な必殺技がありました。
何が新しい技だったのか?というと、元力士だった力道山さんが張り手を出すのと同じ軌道でチョップを出すという目新しさもあり、プロレスでは人間の一番弱い部分である首を攻撃するには普通は首をしめるしかないのですが、チョークをいう反則になり5秒以上は攻撃できなかったのです。それを力道山さんはこの空手チョップで首を攻撃するという反則にならない有効な攻撃を生み出したという斬新さがありました。


 物語は力道山さんが朝鮮籍のために力士の弟子時代に日本人からいじめられていた頃から、彼が亡くなるまでのエピソードが画かれるのですが、当時をありのままの格闘技スタイルで映像化しているので、総合格闘技などを普段から見ているaliasにとってはプロレスで戦う映像がどうしても迫力に欠ける部分がありましたし、ソル・ギョングさんもこの映画のために28kgも体重を増量させたそうですが、それほどプロレスラーっぽく見えないのです。そして10人近くの相撲取りが全力で走るシーンがあったのですが、その映像に一番迫力があったかもしれません(おいおい)。

同じような人物再現映画で、昨年に公開された “Ray”というレイ・チャールズさんの作品がアカデミー賞に輝きましたが、その中にはお金へのこだわりや女に対するだらしなさなど、栄光だけでなく日に当たらない暗い影の部分も画かれていたのですが、この映画でもヤクザとかかわる闇の部分も画かれるのですが、それほど深くまで掘り下げることも無かったので、その当時を知っている人々はこの映画をリアルに感じることができたのでしょうか?(そもそも日本をターゲットにした映画ではないのかも?)

日韓共同で作られた作品なので、日本人キャストがたくさん出ているのですが、中谷美紀さんや荻原聖人さんより、谷町役だった(谷町とはスポンサー、パトロンの事です)藤竜也さんの演技は迫力があったのでソル・ギョングさんより目立っていたかもしれません。

そういえば、監督のソン・へソンさんが韓国の人だったためなのか、第二次世界大戦頃の街並みが、まるで東映太秦映画村や日光江戸村のような街並みだったので、時代設定間違えてるで!と思っていたのですが、わずか50年ほど前でも少し田舎に行ったら、そのような風景だったのかもしれませんね。


 いつの日かアントニオ猪木さんで同じような映画が制作されたら(ジャイアント馬場さんでは地味なのでたぶん映画にならないと思います)、一家でブラジルに渡った頃から物語は始まり、力道山さんの死、新日本プロレスの旗揚げまでを前半で画き、そこから熊殺しの空手家ウイリー・ウイリアムさんやボクシングヘビー級チャンピオンのモハメド・アリさんとの戦いを栄光の時代と位置付けして、その後ハルク・ホーガンさんに負けるものの、最後は湾岸戦争直前にイラクに赴き在留日本人の開放したところで終わらせて、最後のエンドロールで年末の格闘技大会を定着付けた男と紹介されて、

1・2・3・だぁー!


で、終わっていくんだろうな〜。

きっと、アントンハイセルの失敗や、永久機関の開発をしたと公言したことで、世間や金融業界を騒がせたことは隠されてしまうのでしょうね(そんなことを知ってる人のほうが少ないと思います)。



力道山 デラックス・コレクターズ・エディション
力道山 デラックス・コレクターズ・エディション

2006年02月26日

戦国自衛隊1549

 1979年に公開された半村良さん原作の戦国自衛隊を、福井晴敏さん原作で新しく構築された物語、それがこの戦国自衛隊1549なのです。

最近、反町隆史さんや渡部篤郎さん、藤原竜也さんらの豪華な布陣でドラマ化もされたそうですね(aliasは見ていないのです)。調べてみると“続・戦国自衛隊”をテレビ用にアレンジしたもので、原作では再び訪れた関が原の戦いの場で自衛隊だけでなくアメリカ海兵隊も過去に飛ばされ、互いが戦う物語だったそうですが、2回に分けられ放送されたドラマはどんなストーリー展開をしたのでしょうね?


 映画の内容は鈴木京香さんが自衛隊での実験中に、鹿賀丈史さん率いる部隊に戦国時代にタイムスリップさせてしまい、それを救出するために元自衛官であり彼の部下であった江口洋介さんが救出に向かうが、かつての上司は戦国時代では織田信長と呼ばれる男になっていた。そして…。


 タイムスリップ理論付けや、元自衛官である江口洋介さんになぜ救出作戦を任命したのか?など映画が始まったとたんにさまざまな納得できない疑問が出てきますが、映画の導入部では多少の事は受け入れなければ始まらないのです。この映画は自衛隊と戦国武将が戦うという一点が重要でなので、今回は自衛隊の協力を得て本物の戦車などを使って撮影しているのですから。

が、監督は自衛隊の協力を得られたことで満足してしまったのか?戦車などは迫力を持って撮影しているのに、戦闘シーンに迫力が全然無いのです。自衛隊から戦車に傷を付けたら弁償してもらうとでも言われたのでしょうか?画面に勢いがありませんでした。

ストーリーには無理があるし、アクションシーンも面白くないので、ぐだぐだな2時間を過ごしてしまいました(発想としては面白かったんですけどね…)。


 で、この映画が公開された頃、“リーサル・ウェポン”のシリーズを手掛けたジェニー・ルー・トゥジェンドが日本で撮影されたフィルムを使ってCG、音響、楽曲などを変えた“ハリウッド・リプロダクト・バージョンが作られることが発表されました。名前も新たにして “SAMURAI COMMANDO MISSION 1549”だそうです。
この物語は日本の歴史や戦国武将について多少の知識がないと理解しにくい内容だったのに、こんなネーミングセンスの人に任せて大丈夫なのか?(リーサル・ウェポンが代表作ってずいぶん昔の人な感じだし…)。いまだにこの話の続報は入ってきませんが、その後どうなったんでしょうね?意外とこの映画をヒットさせるためのデマだったりして…(おいおい)。



戦国自衛隊1549 通常版
戦国自衛隊1549 通常版

2006年02月23日

機動戦士Zガンダム II -恋人たち-

 “星を継ぐ者”を観ていたので、引き続き第二弾の“恋人たち”も観てみました。

副題にも書いてあるので恋愛の話はたくさん出てくるのですが、テレビシリーズでは恋愛に焦点を当てて深く画いていたのかもしれませんが、映画を観ている限りでは薄っぺらい恋愛ばかりだな〜というのが本音です(スター・ウォーズ エピソード2も愛をテーマにしていたけど、恋をしたことのない夢見る少女のような恋愛の物語だったもんな〜)。

星を継ぐ者で、アムロのような汚い大人のやり方へ怒りをぶつける役目を引き継いだキャラクターはカミーユ君だけだったのに、恋愛をテーマにしたためなのか?彼を取り巻く人物や敵にもわがままを言うキャラクターが増え過ぎて、前回幼く見えたカミーユ君が意外と大人っぽく見えてきました(原作者の意図通りの結果なのかな?)

そして前回まではファーストシリーズを引用したようなモビルスーツが多かったのですが、今回は全くそういったものを排除したZガンダム独自の新しい機体が多数出てきて迫力あるシーンが展開されるのですが、飾り過ぎたモビルスーツになって魅力が無くなってしまっているのが残念でした。


 物語は長編のテレビシリーズのアニメを編集して1時間半の映画にしているので、相変わらずストーリーの展開が早くて、主人公達が何のために戦っているのか、どんな決着を望んでいるのかなどが分かりにくいので感情移入自体もしにくいのです。それにザビ家の人々や連邦のデビル将軍のように大人な倫理観念を持つキャラクターがいないことが、物語に精彩が見て取れない原因なのかもしれません。そのため、わがままが往来する学級崩壊したクラスのように見えるのです。


 とりあえずファーストシリーズの劇場版だって、1作目は“やしきたかじん”さんが主題歌を担当していたことを覚えてないくらい印象薄かったのに、3作目の“めぐりあい宇宙”が当時の人々を熱狂させた作品になったことで、前の作品が評価されることになったのだから、次回の“機動戦士Zガンダム III -星の鼓動は愛-”が成功すれば、これまでの作品も評価されるはずです!

なので、終結を画くことになる最後の作品に期待しよっと!
(そういえば次回作の副題は前の2作品を合わしたようなタイトルになってますね)



機動戦士ZガンダムII -恋人たち-
機動戦士ZガンダムII -恋人たち-


2006年02月19日

クラッシュ

 2005年に行われた第77回アカデミー賞で、4部門を制覇した“ミリオンダラー・ベイビー”の脚本家ポール・ハギスさんが、この映画で初監督をつとめ自ら脚本も書きました。この映画を観終わった時、ミリオンダラー・ベイビーってこの人の脚本があったからこそ成功した映画だったんだろうな〜と思されるほど、共通した創作意識を感じました。


 この物語はアメリカにおける銃による犯罪、人種問題、貧富格差などをいくつかの独立したエピソードでそれぞれ人物に焦点を当てながら画いていくのです。普通の人間が当たり前のようにいだく世の中の不公平感、銃や暴力による町の治安への不安、家族の看護で疲れてしまった毎日の生活感、仕事と私生活で変わってしまう倫理観、そして愛する人々とのすれ違い。そういった少しずつ人の中に溜まった不満をどこかで晴らした時、また別の人間を不幸に貶めてしまったりする事への悲しさ。そんな独立したエピソードが互いに少しずつ影響し始め、そして最後はクラッシュという形で、ひとつの物語になっていくのです。

こんな解説では何のことやら?と思われている人も多いかもしれませんが、暗いテーマなのに説教くさくもなく重過ぎる展開でもないのに、最後には人の心に何かを残す作品なのです。


 ポール・ハギスさんの脚本にはハリウッドでは定評があり、サンドラ・ブロックさんなど多くの役者さんが出演の売り込みに来ていたと言われるだけあって、有名な役者さんだけでなく普段見かけない海外ドラマなどで活躍している演技派の方たちも多数出演していました。現在撮影中のクリント・イーストウッドさんと再び組んで制作している“硫黄島”や次回作以降の作品が楽しみな人なのです。


 でも、ポール・ハギスさんが脚本を書くことに決まっているリライトで脚本に参加している(←ご指摘いただいたので修正しました)“カジノロワイヤル”007シリーズの最新作のボンドガールは、ハリウッド女優へのオファーがことごとく断られなかなか決まらなかったことは有名ですが、結局フランス出身の日本では無名に近い“エヴァ・グリーン”さんって人に決まったそうです(彼が脚本に参加しているのなら意外といい作品になるかもしれないのに…)。人気のポール・ハギスさんを起用して前評判でこれだけ不評な作品なら、007の制作は中止にすれば良かったのでは?(おいおい)



クラッシュ
クラッシュ


2006年02月16日

スウィングガールズ

 安心して楽しめる映画でした。

普通の女子高生が、補修をサボるために吹奏楽をはじめるのですが、吹奏楽をするには人数が足りないので、とりあえず少ない人数でできるビックバンドを結成してジャズをはじめるのです。最初は仕方なくはじめたはずなのに、いつのまにか演奏することに楽しみを覚え、やがて自分で楽器を買うほどに夢中になってしまうのです。そして…


 とまあ、ウォータボーイズの頃から変わらず、矢口史靖監督は青春物語と吉本新喜劇をあわせたようなテイストの映画を撮りますね〜。

どのへんが吉本新規劇なのかと言うと、

9回ツーアウト、最後のバッターが彼女がくれたお守りを握り締め、お前のために打つ!ってポーズをしたり、バッターに対してヤジや悪口の言う観客に打ち上げたファールボールが悪口を言った本人に直撃するといったところなど、さらに崖や土手から落ちるような危険でスタントが必要なシーンに、誰が見ても人形と分かる物を使うところがです(よけい分かりにくいか?)。

吉本新喜劇って毎週見ると面白くないんだけど、たまにみると面白い、そんな感じのサービス満点の映画でした。(吹奏楽をやっていた人がこの映画を観てどう思うのか?ちょっと気になります。)



スウィングガールズ スタンダード・エディション
スウィングガールズ スタンダード・エディション




 映画の中で上野樹里さんの妹役の子がゲームをしているのですが、普通はタイアップでもしていなかぎりゲーム画面を映さなかったり、やたらに古いゲーム(スパーマリオとか)やってたりするのに、なぜか中途半端に新しい音ゲーをやっていることに不自然さを感じていたのですが、最後に演奏する曲目の中でゲームのテーマソングを演奏していたので納得しました。


で、そのゲーム。



スペースチャンネル5 パート2
スペースチャンネル5 パート2


2006年02月13日

2006年2月12日の日曜洋画劇場

 世間はすっかりトリノ・オリンピック模様ですが、その対抗番組としての日曜洋画劇場で放送していた “CASSHERN 特別版”に、ついつい目が離せなくなりました。“主題歌宇多田ヒカル特別編集版”と銘打っていたのですが、前に映画を観たときからずいぶん時間が経っていたので、どのへんが特別だったのか?は判りませんでした(おいおい)


 宇多田ダンナこと紀里谷和明さんが始めて映画監督に挑戦した作品です。自分でオタクと称するだけあって、キャシャーンというかなり昔のメジャーではないアニメ作品を実写映画にしましたが、そんなことより独特の世界観の中で自分なりの解釈で新造人間の悲しさを語り、ガンダムやエヴァンゲリオンのような古いアニメ的要素を組み入れた作品に仕上げているところにオタクさを感じました。

で、主題歌である“誰かの願いが叶うころ”は、紀里谷さんの映画のために宇多田さんが書き下ろした楽曲でしたが、めずらしく彼女らしくない曲調だったので、宇多田さんの才能にも陰りが見えてきたのかな?と当時は思っていたのですが、いま考えると夫のために作る曲だったので彼女がプレッシャーを受けた結果だったのかもしれませんね。


 DVDでこの作品を観た時はコントラストのつよい独自な映像感であるものの、格闘シーンなどにいまいち迫力がなかったイメージがありました。でも、地上波というすこし画像が粗い媒体で放送することで映像自体がすごく映えて見え、CGを駆使したアクションシーンもかなりの迫力に見えました(TV向きの作品だったのかも?)。

いまどきマッドサイエンティストが出てきたり、少し無理のある難解な物語の展開だったため、設定ぼろぼろ、統一性へろへろだったんですが、物語の悲しさに涙がぽろぽろ(意外と感動しました)。監督はこの映画で、純愛のひとつの果てを画きたかったのかも?


 この作品は紀里谷監督の最高傑作です。

と言ってもこの作品しか作っていないんですけどね〜(おいおい)。この作品以来、紀里谷監督の映画は発表されていませんが、aliasとしては紀里谷さんの世界観がけっこう好きなので彼には期待してます。(キャシャーンの興行成績があまりに悪かったから次回作は作らせてもらえないのかな?)。

2004年の同時期に作られたリメイク作品、庵野秀明監督の“キューティーハニー”や、那須博之監督の“デビルマン”と比べたら格段に良い作品でした(比べる作品が悪い!)。



CASSHERN
CASSHERN

2006年02月12日

PROMISE

 はじめてこの映画タイトルを聞いた時は、♪プ・ロ・ミ・ス〜という黄色い看板の消費者金融を思い出す人も多かったのでは?

映画のマーケティング部もそのことに考慮したためか、映画タイトルを英語で“PROMISE”と表記して、副題であり中国での原題でもある“無極”を強調してるみたいです(プロミスで検索すると消費者金融会社の事ばかり引っかかってくるのです)。英語版のタイトルと同じ“The Promise”に素直にしとけばよかったのに…。(プロミスに映画の出資をしてもらうという手もあったかも?)


 1984年に“黄色い大地”で中国映画界デビューをしたチェン・カイコー監督は、最初は国内より海外で評価を受けたのですが、彼の独自性の強い作風は当時の中国政府とは合わず、厳しい検閲を受けながらも、チャン・イーモウさん達と試行錯誤して映画を作っていました。

で、検閲の無い自由な映画を作るためにハリウッドに進出して、作り上げた映画が“キリング・ミー・ソフトリー”。ただのエロ映画となってしまったのです(エロの自由を勝ち取りたかったのかよ!)。

ということで、彼への信頼感をなくしたaliasはそれ以来、彼の作品を観ることは無かったのです(“北京バイオリン”も観ていないのです)。そんな彼が中国(香港)のセシリア・チャンさん、韓国のチャン・ドンゴンさん、そして日本の真田広之さんら、東アジアのスター達を使い、再び中国で映画を製作したのですが、前評判もいいようなので久しぶりに彼の映画を観ることにしました。


 で物語は、世間から君主を殺した男と間違えられ汚名を着せられた大将軍と、天性の俊足を持つが何のためにこの世に生を受けたのか分からない奴隷と、愛する人とは一緒になることができないことを宿命付けられた女の悲しい物語なのです。

美しいアクションと、大人数が戦う迫力ある映像の予告編だったので、“LOVERS”や“セブンソード”のような歴史アクションのような映画だと思っていたのですが、この作品は人類の歴史が始まる以前の神話の世界観を持つ物語で、ギリシャ神話のように神様と人間が同時に生きていた時代を画いているのです。そのため、“ハリー・ポッター”や“ロード・オブ・ザ・リング”のファンタジーの世界と、香港映画独特のワイヤーアクションが入り混じったような映画になっていました。

映画には中国独特の倫理観念が入っているためなのか?少し分かりにくい部分が気になるのと、ワイヤーアクションなどで人間が3メートルぐらい飛び上がることには見慣れているのですが、aliasはアラレちゃん(参照:鳥山明さん原作“Dr.スランプ”)のように人間が車と同じくらいの高速で走るシーンや、監督の新しい試みのアクションシーンやはちょっと受け入れがたいものがあったので、いまいち映画の世界観に入り込めませんでした。


 真田広之さんの中国語はうまい!と中国内でも評判なるほどすばらしい演技をしているのですが、けっこう目立っていたのが悪役のニコラス・ツェーさん(香港映画中心に活動しています)、彼の顔は日本人好みっぽいので、この映画がヒットしたらファンが増えるかも?

ヒットしたら、ですが…(おいおい)



PROMISE <無極>
PROMISE <無極>


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