2005年11月13日

ヴェニスの商人

 最初、映画を観ながら思ったことは、「こんな話やシーンって、どこかで観たことあるよな〜」って、デジャブな気分を感じていたんですが、そりゃ当然です、16世紀に書かれたシェイクスピアの戯曲のひとつなんですから!21世紀になってもいまだに普遍のパターンとしてまだ使われている、シェイクスピア戯曲のすごさに関心。
この映画の面白さは、当時は喜劇映画として画かれていた作品が、人間ドラマとして現代に提起されてきたと言うことです。

この物語は、愛を試すための試練と、いわゆる人肉裁判の二つから成り立っています。

 金・銀・鉛の三つの箱には、あなたが私と結婚するのにふさわしい男性であるか?を試す言葉が書いてあります、どれをえらびますか?といったものと、
この指輪は二人の証です。もしあなたがこの指輪をなくせば、二人の愛も終わるでしょう、といった二人の愛を試す恋愛の話と、

普段から敵対視していたユダヤ人にお金を借りなければならなくなり、彼は頭を下げるのですが、そのユダヤ人は「期限までにお金を返せなければ、あなたの肉体から1ポンドの肉をもらう」というのです。そして、予定通りなら返せるはずだったお金が急に返せなくなるのです。期限を過ぎてからお金を返せるようになったので、20倍の金額を払うから肉をそぎ取るのは許してくれと頼むのですが、ユダヤ人は、お金なんか要らない、証文どおり肉片で払ってくれというのです。そして、決着をつけるために裁判にもつれこむのです。

 昔はこの物語には最後にどんでん返しがあり、(キリスト教徒にとっては)喜劇として終わる物語だったのですが、このむかし話的な作品を現代の問題提起として作り上げてきたのです。

たとえば、海外では、太ってしまったから、健康を損ねてしまったから、タバコ会社やファーストフード店を訴えたり、日本でも、布団を叩いたり大騒音を流していたおばちゃんや、ゴミを家の周辺に置き悪臭を放つ家などが問題になり、ニュースや、ワイドショウなどでは迷惑な人として取り上げられていましたが、その本人がなぜそんな事をするようになったのか?何のためにやっているのか?といったことは、その人が今まで受けてきた仕打ち、生き様なども含め、私達にはわかりませんが、何かのきっかけはあったのだと思います。

この肉片を受け取ろうとする嫌われ役にアル・パチーノを起用し、日ごろからキリスト教徒に迫害されてきたユダヤ人として、復讐しようとする心の動きにリアリティがあり、ある意味、観客を共感させる難しい役をみごと演じきっていました。

一部やりすぎとの意見もありましたが、人の心の中にある善と悪、恋愛の美しさと悲しみ、宗教対立、など人間ドラマが詰め込まれた、よくできた作品でした。


 でも、aliasは残り30分でおこる裁判の山場のシーンで、ちょっと引いてしまいました。最後のオチが読めたから面白くなくなったという意味ではなく、年に一度ぐらいしか映画を観ない人や、ふだんから舞台を観ている人は、あのシーンに納得できるんだろうな〜って感じです(意味不明)。



ヴェニスの商人
ヴェニスの商人

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。