で、当初は公開日に映画館へ観に行こうと思ったのですが、自分が映画を観ていた頃と同じ年齢の子供たちばかりが並んでいる姿を見たときに劇場に入ることに怖気ついてしまい、結局、映画館には入れずDVDになるまで観る事ができなかったaliasなのです。
物語は、スネ夫が自慢げに見せていた恐竜の化石を見て、対抗心からのび太は裏山に登り化石の発掘を始める。そして、のび太が見つけたのは首長竜の卵だった。ドラえもんの道具で卵の孵化を成功させ恐竜に“ピー助”と名付けたが、日ごとに大きく成長していくピー助を隠しながら現代の日本で飼うことには限界があった。のび太は元の時代に戻すことを決心するが、そこには未来からやってきた恐竜ハンターの影が忍び寄っていた。そして…。
この映画で取り扱われるタケコプターのシーンはいつものテレビバージョンとはぜんぜんと違うのです。まるでその道具を始めて使ったときのように、空へ飛ぶことへの不安や期待、興奮などが入り混じる心理描写が画かれ、タケコプター自体もこの映画の中ではバイクのように生々しいエンジン音、空を飛ぶことの難しさ、道具へのメンテナンスの重要さなどの細部まで画かれ、これがドラえもんの映画なのか?と思うほど疾走感や迫力があるクオリティの高いシーンに仕上げていました。
そんなタケコプターの空に舞い上がる映像やタイムマシーンで敵とスピードレースをするシーン、恐竜の格闘戦などの精魂こめた迫力あるシーンが数多く画かれるのですが、その一方アクション展開のない日常のシーンは別物に見えるぐらい普通過ぎる映像なのです。簡単に言うと、作画の人がメカ担当や恐竜担当、あまり動きのない日常のシーンごとに別々のスタジオで作られ、それを後からつなぎ合せたような映像になっていたのです。そして藤子・F・不二雄さんの昔懐かしい二次元的なキャラクターと、現代のアニメ技術やCGを駆使して細部まで画かれる背景とがあまり融合せず、不自然な違和感が残るのです。
印象としては感動のシーンやアクションシーン、お笑いのシーン、そしてしずかちゃんの入浴シーン(ドラえもん映画の必須なのです)など、一つ一つのシーンのクオリティは高いのですが、統一性のない映画という印象を受けるのです。
なので、リメイク1作目の次世代のドラえもん映画として、これからどのような方向に位置づけていくのか?スタッフサイドの迷いが、映像にも出てしまった結果なのかもしれません。
次の作品はこの映画の反響を踏まえた完成度の高い映画に仕上がると思われるので(リメイク第二弾になると予想される“のび太の宇宙開拓史”はaliasが一番好きな作品でもあったので、その意味も込めてさらに期待しているのです)、次回以降の作品が楽しみなシリーズなのでした。
映画ドラえもん のび太の恐竜 2006

-------------------------------追記----------------------------------------------
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という結論でこの映画のレビューを終わらせるつもりだったのですが、ビデオに残っていた初期作の“のび太の恐竜”を観てから少し印象が変わってしまいました。
ドラえもんといえば「スモールライト〜」などと道具の名前を言ってから、のび太クンに長々と道具の説明をするイメージがあるのですが、初期作、リメイク共にそんなシーンがないことに驚かされたのです(今回出てくるのは定番アイテムばかりだったから、説明の必要がなかったのかな?)。
そして、リメイクなので基本のラインは同じだとは思っていたのですが、ある程度のシーンを削ったり新たなるエピソードなどを追加するのがリメイク作品としては普通なのです。でもこの映画にはそういったものがなく、ストーリやエピソード、物語の展開のさせ方もほとんど変えずに、音楽やセリフ、画風を現代風に演出しただけ映画だったのです。
初めてこの映画を観ている子供たちは楽しめると思うのですが、あらためて初期作を見た後では、過去の遺産を消費しているだけにしか見えなくなってしまったaliasなのでした。
それとも藤子プロとしては藤子・F・不二雄さんが作り上げた偉大な原作を大幅に書き換えることができなかったので、こういう結果になったのかな〜?
映画ドラえもん のび太の恐竜
